瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(78) 早蕨の萌え出る春(6) update ver.
残念なことというのは、世の中にもたくさんあります。自分の周囲にもありまして、もちろんのこと自分の人生にも無数に存在しているのであります。自分だけ損したかも知れない、タイミングがよければ今頃は……、なんてことはたぶん記憶を総ざらいしたら、次から次、思いが溢れて日常が営めないようなひどいことになるのかも知れません。いじめの問題だってそうでありまして、いじめたりいじめられたりするのは世の中の常のことですが、中学校の場合は、思春期まっただ中でありまして、先生が鈍感では太刀打ちできないことでしょう。
中学一年の時でありますが、ある特定の女の子に対する仕打ちが問題になりまして、ベテランの担任が調査に乗り出しました。私も穏やかで真面目な担任の聞き取りに答えて、「いじめはある」と答えたと思います。それ以降、少なくとも陰湿ないじめは影を潜めまして、大人が本気なら子供は態度を改めることでありましょう。実はその後日談があるのであります。
二学期のとある日、始業前のホームルームのために担任がやって来るのを待ちかねていた男子が一人いたのであります。彼は、その機会が到来したと思ったんでありましょう、前列の席から立ち上がると、最後尾に座っていた不良度ナンバーワンの男子にいきなり殴りかかったのであります。授業前の鐘が鳴るかならないかのタイミングでありまして、「起立、礼」の挨拶を号令するのは学級委員の私の仕事でありましたから、一方が立ち上がって後列に駆け寄るのを見ておりましたし、殴りかかるや受けて立つ不良の素早さも私なりに感知いたしました。一発か二発の応酬があって、教室の中に、あの温厚な教師が入ってきて、もみ合う二人を認めたのであります。たぶん、国語と社会と書道の先生でありまして、市街地の真ん中には書道教室を持っているような実力派の先生であります。教室は騒然となりましたが、すぐに騒ぎは収まりました。どうやら、番長格の不良のほうが、弱そうなやつを手下というか使い走りというか、子分にしようとして、いろいろとちょっかいするのを思いあぐねて、担任教師の力量を信じて事を表沙汰にしたかったようなのであります。不良は貧しくはない家の子弟でありますが、不良に絡まれていた方は貧しい家の子供でありまして、彼は子分になる屈辱には耐えられなかったのであります。
小学校からの同級生でありますから、私には二人のその時の心情や感情は多少は分かっていたような気がいたします。
だから今、その二人と自分が交わした会話であるとか、不良のほうとレコードを貸し借りしたとか、殴りかかったほうのその後のこととか、ふっと思い出すわけです。考えて見ていただきたいんでありますが、運動神経が抜群で不良を気取る男子に、要領が悪くて勉強も出来なくて、部活にも満足に参加できない、つまりあらゆる点で劣っている者が絡まれたとして、どうしたらいいのか。だから、私はなるほどこの担任なら二人の微妙な綾が分かるかも知れないと思ったのであります。40年が経過しても、記憶がぶれることがないのは、その時に直感した私の見立てがよかったからなんでありましょう。授業前に殴りかかるなんて、普通は思い付かないのでありますが、窮鼠猫を噛む、今ならそういう言葉が思い付くのであります。
『源氏物語』「蓬生」の巻には、陰湿ないじめと言いましょうか、復讐劇が仕込まれております。末摘花の母方の叔母が、高貴でありながら零落している末摘花を何とかおとしめてやろうと接近するのであります。赤の他人なんかよりも、なまじ内情を知り、姉妹の間の確執を持ち越しておりますから、非常にたちが悪いわけであります。末摘花を主人公にした、いわゆる玉鬘系の巻というのは、ひょっとしてこれが書きたかったのかと思うくらい、精彩があります。なるほど、高貴でありかつ権力の中枢にいる人の場合は、藤壺がそうですけれども、心情を態度に表さないし表だった行動を控えておりますから、読んでいてもちっとも面白くないのですが、この叔母のように受領階級になると、したいことをし、やりたいことをしゃべりますから、たとえ策を弄そうとその心情は露わでありまして、ここでは光源氏は脇役なのであります。
講談社刊の『源氏物語』を読み進めましたが、もう第15帖「蓬生」の巻もここまでといたしましょう。
叔母の狙いは、末摘花を自分の娘の侍女にすることでしたが、末摘花は頑として言うことを聞きませんから、代わりにこれまで末摘花に尽くしてきた女房を一人強引に連れ出してしまいます。いよいよ進退窮まった末摘花ですが、いつもの小説作法の通り、後半で劇的に話が展開し、末摘花は従来通り光源氏のお世話を受けることが出来るようになるのであります。ここで非常に興味深いのは、光源氏が花散里訪問を思い立って、その途中にある末摘花の住む常陸の宮邸を思い出すと言う設定であります。これと呼応して巻の末尾に、花散里と末摘花が地味な点では似ているという一節が出て来るのであります。
思うに、花散里は末摘花のクローンでありまして、急遽第11帖で登場させた間に合わせのキャラクターではないかと私は怪しむのであります。須磨に出発する前後、そして須磨から戻ってきたときも、光源氏は花散里をそれなりに遇するわけですが、花散里が姉と暮らしていると言う以外は、この女性が末摘花であってもなんら齟齬をきたさないのであります。
もし花散里が末摘花のクローンなら、『源氏物語』の出だしの所で構想した何かが破綻を来たし、紫式部は妻妾の一人に花散里を加えざるを得なくなったのであります。その原因の一つは、紫の上というお転婆な女の子が読者に広く受け入れられてしまい、理想の妻として成長してしまったために、全体のバランスが崩れそうに思ったのではないかと疑うのであります。玉鬘系後記説は刺激的ではありますが、紫の上系を先に出しておいてから、玉鬘系を執筆して挟み込むのも手間がかかります。発表した最初から、実は二段構えの構造だったのかもしれません。それが思いの外受けてしまいましたので、一本に縒り合わせるのを先延ばしして、もう少し末摘花を書き込もうとしたのに違いありません。
長編小説を構想した原作者紫式部の手腕は見事でありまして、読者の反応を見ながら、末摘花の欠点をなるべくそぎ落としまして、当初予定していた大人の紫の上像を投影して、花散里を造形したのではないでしょうか。
コメント
コメントを投稿