瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(75) 早蕨の萌え出る春(3) update ver.

さて、『源氏物語』第15帖「蓬生」の巻にでてくる「木霊」(こだま)とはなんぞやと言うことでありました。


実は、『徒然草』の第235段というのは、どうもこの「蓬生」の巻に触発されて書かれたもののようでありまして、安良岡康作さんの『徒然草全注釈』によると、『寿命院抄』という『徒然草』の注釈書に指摘があるというのであります。「木霊」そのものがどんなものなのかについては、ちょっと調べたくらいでは分からないのでありまして、調べて分かるくらいなら、いまでも「木霊」という言葉は使われていたことでありましょう。魑魅魍魎の類のようでありますが、一つ物を知ると、二つ三つ分からないことが増えるのであります。


     もとより荒れたりし宮の内、いとど狐の住みかになりて、疎ましうけ遠き木立に、

     梟の声を朝夕に耳馴らしつつ、人げにこそさやうのものもせかれて影隠しけれ、

     木霊など、けしからぬ物ども所を得てやうやう形をあらはし、ものわびしきこと

     のみ数知らぬに、……(小学館・新編日本古典文学全集「蓬生」から引用)


要するに末摘花の住むお邸の中に、得体の知れない物が跳梁跋扈すると言うことでありまして、それをあまり深入りもしないでさらりと紹介しているのでありますから、平安時代の読者ならなんら不自然にも思わないで読み進めるところだったのでありましょう。


     主ある家には、すずろなる人、心のままに入り来ることなし。主なき所には、

     道行き人みだりに立ち入り、狐・梟やうの物も、人気にせかれねば、所得顔

     に入り棲み、木霊などいふけしからぬかたちも、あらはるるものなり。……

                (小学館・新編日本古典文学全集『徒然草』第235段から引用)


非常によく似ていると言いますか、そっくりでありまして、兼好法師が『源氏物語』に馴染んでいたことがよくわかります。「木霊」(こだま)に関する話がリフレインしているわけで、要するに谺(こだま)しておりまして、面白いことであります。ちなみに『日本国語大辞典』(第二版)を見ますと、「木霊」と「谺」は、同じ「こだま」の項目の中にありまして、「語誌」という解説の所に、「木霊」は「人間にたたりをなす妖怪変化の類」であるという指摘があり、「谺」についても「山に住む妖怪が返事するもの」と古代の人が考えていたと書いてあります。そういうことだったのでありますね。ひょっとするとお邸の木立の中から、エコーが聞こえたりするのかも知れません。


子供の頃、山に向かって呼びかけますと、しばらくしてこだまが返ってきましたけれども、別に妖怪変化の仕業と思ったことはありませんでした。なぜかと言えば、自分の声の反響だと分かりまして楽しかったのと、母といつも一緒にいたからでありましょう。広い広い田んぼか畑がありまして、その向こうに、牧場との境界線の杉林が一列ありました。牧草がその杉林の奥に広がり、草原は山のすそ野までで、山の向こうは青空なのであります、「ヤッホー」と声を掛けると、こだまが何度か答えるのであります。その山は、さして高くもない丘陵のような物でしたけれども、その向こうに人家があるとか、街があるとか、そういうふうには思っていなかったのであります。


山の向こうには青空しかないというふうに思っておりまして、人間も妖怪も感知できませんでした。


2023年に付け加えますと、日本の妖怪ブームの元は中国の志怪小説であると言われておりまして、要するに中国に都市が生じたところから、怪奇現象とか妖怪ということが意識されたようです。古代の日本は、都以外に都会が存在した形跡がないので、まさしく妖怪というのは貴族の人々にしか縁がなかったのでありましょう。日本史の教科書を開くと、近世になってようやく日本各地に都市が形成されたとありますので、江戸時代には妖怪がブームになったのも当然であります。そして、もちろんのこと、私の幼少期にはテレビの中には怪奇現象や妖怪を見ることはできましたが、人気のない原野にはそんなものの影は微塵も感じ取れませんでした。床屋に貸本が置いてありまして、客に待っている間暇なら読んでね、ということだったのですが、その中では水木しげるさんの鬼太郎の原形のようなマンガが異彩を放っていました。 

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