瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(74) 早蕨の萌え出る春(2) update ver.
さて、『源氏物語』を現代語訳で読んでみたら、第15帖「蓬生」の巻は非常に面白いと思いました。
玉鬘系後記説からすると、この巻というのはずっと後から書いたということになりまして、それはそれで非常に知的刺激に満ちた学説であることはすぐに分かるわけです。末摘花の存在が、あの「須磨」「明石」両巻にまったく触れられていないというのは、これはどう考えても非常に不自然でありまして、玉鬘系後記説を知っていると、ほうらやっぱりというような感じも抱くのであります。ただ、そこで頑固になってみまして、現在の配列で最初から発表されたと仮定してみると、この原作者は随分いろんな小説の書き方を会得しておりまして、まるで玉鬘系を書くために紫の上系をためしに書いてみたというような、懐の深さがあるようであります。書き手が二人いるような、妖しい感じがいたします。
今手元に『カラー図説日本大歳時記』(講談社)という歳時記がありまして、そこに「七箇の池」という項目があるのであります。秋の行事の中にありまして、実は「七夕」関連で出て来るものなのです。関森勝夫さんという方の解説を見ますと、「七夕に、七つの盥に水を張り、それぞれ鏡を浸し、星を写すことをいう」とあります。七という数字のこだわりは、7月7日という数字に引っかけたのでありますが、普通の家に盥(たらい)が七つもあるというのも今では考えにくいので、そういう行事の伝統に特ににこだわる場合のことかと思います。
実は、ネットで調べてみますと、冷泉家の行事などに七夕の日に盥を用意してそこに梶の葉を浮かべ、星空を写すというようなことも出て来ます。盥は、この場合は、王朝からの伝統で「角盥」(つのだらい)のことだと出て来るんですけれども、なんでも盥を揺すって、彦星・織姫の星を重ねてあげるなんてことまでありまして、ともかく、じっさいに盥に星を写したら、目の前の水面が川の水面みたいになりますから楽しそうでありますね。そう思って、一つ前の記事で紹介した「蓬生」の表現を見ると、何のことかよく分かるのであります。さては、この「蓬生」の巻というのは、7月7日に披露したのではないかと思われるんですが、いかがなものでしょう。これは、光源氏に後見を受けていた日を、末摘花が回想しているときの気分を表現したのであります。盥に空を写したら、こういう気分が味わえるのかどうか、旧暦の7月7日に実践して報告してみたいと思います。もちろん、覚えていたらの話であります。
「大空のおびただしい星影を盥の僅かな水に映してわが物にしたような、身に余る思い」(「蓬生」の巻)という本文の叙述を問題にして2012年の7月に書きましたが、その後藤原定家や冷泉家をテーマにした展示で、盥に星を映すという行事の道具を見ました。見ましたが、展示を前にぞろぞろ・のろのろ歩くのが嫌いなので、すぐに会場を去りました。ほとんど覚えておりません。
閑話休題。無駄話を止めまして、本の話に戻りたいと思います。瀬戸内寂聴さんが訳した『源氏物語』(講談社)で、第15帖「蓬生」の巻まで読了であります。
「蓬生」というのを、いったい何と読むのかよく分からないのであります。これを、歴史的仮名遣いで書きますと「よもぎふ」となりますが、現代仮名遣いでは「よもぎう」となるのであります。「急」という漢字は、歴史的仮名遣いが「きふ」のはずで、元の中国音を今風に書いたら「kip」のようなものでありまして、「切符」の最後の母音が落ちたような音のはずなんです。この「急」という漢字の表記が「きう」になり、やがて「きゅう」と発音したのに倣うと、「よもぎふ」は「よもぎう」となって、熟した言葉なら現在では「よもぎゅう」でなければいけない事でしょう。やっぱり、そうではなくて「よもぎ・う」なんでありましょうか。雑草の生い茂った邸宅を意味して、この場合は末摘花の住む故常陸の宮邸を指すのだというのが、一般的な解釈のようであります。蓬は草餅に入れたりはしますけれども、あえて栽培するようなものではなくて、単に食用に供することも出来る雑草なのであります。
どうやら光源氏が朱雀帝に勅勘を受けて須磨に流されてからは、当然末摘花の邸では生活が立ちゆかなくなっているわけです。常陸の宮の邸宅ですが、すでに故人でありますから、常陸の国守として受けていた報酬はすでに無く、都の真ん中で邸宅を維持する事が不可能になっているわけです。蓬のような雑草を刈り取るにも、人手が必要でありまして、人手というのは要するに金銭授受によって雇用するわけでありまして、植物は生い茂り、冬になれば枯れますけれども、翌年はもっとひどい繁茂ぶりとなり、そうなってしまえば人が鑑賞できるような状態ではなくなることでしょう。その荒廃ぶりと、それに伴う人心の荒廃ぶりが語られまして、読んでいて「むむ」っとうなるのは、木霊(こだま)が出現するというくだりと、築地が崩れてよそから牧童がやってきて牛馬を放し飼いするというくだりであります。そんなことは小説だから書いたのか、それとも実際にあったこと、もしくは実際ありそうなこと、どれなんだろうと思うわけであります。速読して楽しんでいるときは、次へ次へと読むわけですけれども、こうして詮索を始めると「木霊」って何だろうと気になります。
調べてみたら、「木霊」のことは兼好法師も気になったみたいでありますが、そのことは次回に。
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