瀬戸内寂聴『源氏物語』を読む(100) 而して風の力蓋し寡し(2) update ver.

 蔵書の中にも、もうこの本必要ないやと思っていても、処分できないものが残っております。


要らないものを処分するのかしないのかというところで、人はうじうじ悩むわけでありまして、引っ越しなんかをすると、妙に中途半端な品物がありまして、処分までは思い切れないが、引っ越し先に持ち込んでも無意味だろうというようなものが残ります。次の引っ越しまでダンボールの中だったりしまして、あーあ、捨てとけばよかった、なんて何年も後に反省するのであります。


中途半端なものを、どのように処理するかによって、もしかしたら人生というのは決まるのかも知れません。


そこで、私の師匠のことを思い出しまして、この方もものすごい蔵書を持っていた人でありまして、博覧強記の人でありますから、書斎の本棚はきちんと整理整頓して、うなるような蔵書の数でありましたが、ある時庭を潰してプレハブの六畳間をこしらえまして、そこに一部の本を移し始めたのであります。記憶をたどると事の発端は、隣家に済む母上が心配で、その介護用の寝室をこちらの家の書庫を改装して作ることにしましたので、そうなったら書庫の本をどうするかというのが師匠のその頃の課題だったのであります。その結果、居間の正面の庭の真ん中に、いかにも安普請な粗末なプレハブが建ちまして、当然ながら書生さんのように通い詰めていた私が本を移すのを手伝いましたが、「何だかおかしいなあ」という気持ちがしたのであります。


さらに、味を占めたのかどうか、道路を挟んだところに師匠の所有しているアパートがあったんですが、その一番奥に少し空き地があるというので、そこには三畳間くらいのプレハブを建てまして、そこにも蔵書の一部を移したのであります。しかし、六畳間も三畳間も、本棚を立ててみれば分かりますが、たいして収蔵量がないわけでありまして、あっという間に本で埋まって、たぶんそれきりであります。つまり、雨が降れば湿度が100%、夏に日射しがあれば40度を超すようなプレハブで、あれから30年、本はすべて駄目になったことでありましょう。そうなる前にどうにか処分したのかどうか。ひょっとすると、あの師匠の振る舞いを見て、何かを私は悟ったのかも知れません。今の私と同じくらいの年齢でしたが、今の私はプレハブの書庫は作りません。庭も空き地も持っていないということもありますが、それより高温多湿の日本でプレハブに本を置くことのリスクのほうが懸念されてしまいます。


瀬戸内寂聴さんの現代語訳の『源氏物語』も、はや第21帖「乙女」の巻を読了いたしました。


光源氏が33歳の年に太政大臣になったというような話なのであります。これに対して、かつての頭の中将が内大臣になりまして、政権運営は内大臣に託されたというような事であります。この内大臣は、かつての左大臣(太政大臣)の子息でありまして、大宮の息子でもあります。光源氏のいとこでありますから、親しさは別格なんであります。光源氏の最初の妻である葵の上の兄でもありますから、源氏物語の中では、光源氏に次ぐ主人公でもあるわけですが、この人が光源氏にライバル心を燃やします。なぜなら、彼の娘は入内して冷泉帝の后妃の一人で、実は最初に入内した人ですから、寵愛も格別だったのに、あとから光源氏が六条御息所の娘を強引に入内させて、さらに先を越して中宮の位を押さえてしまいました。


若い時は親友でありまして、二人で競って末摘花にアプローチしたというような過去を持ちますが、互いに偉くなった今は、足の引っ張り合いに精を出すような関係に陥っています。ありそうなことですね。


政治の実権を譲られて、内大臣は飛ぶ鳥を落とす勢いなんですが、なにせ冷泉帝の後宮政策では遅れを取っておりましてやきもきしているんであります。その内大臣の話に、明石の上の噂話が出て来まして、あれは音楽の名人の子孫だというような、非常に肝心なことが出て来るんであります。この場合、音楽の名人というのは、唐の都の長安などへ留学して現地で最新流行の音楽を身につけて帰って来た人が先祖にいるということでありますから、並大抵のことではないのであります。普通に読んで行くと、明石の入道の先祖が音楽の名人と読めまして、だったら光源氏の母方の祖父の辺りが音楽名人の系譜のはずであります。これが、非常に眉唾なのであります。だったら、桐壺の更衣にも音楽に堪能だということが必要だったのであります。どうも、第3シーズンになって、ありもしない音楽名人の系譜というものを持ち出しまして、ちゃっかり噂話として本筋に紛れ込ませた節があります。絵がうまいとか、音楽に堪能だとか、後からとってつけたような感じがするのはなぜなんでありましょう。


現代語訳の『源氏物語』を読み続けているわけですが、第21帖「乙女」は取ってつけたような音楽の名人の系譜だというくだりを除けば、ぐっと面白いのであります。


第1帖「桐壺」から第10帖「賢木」までが、何となく第1シーズンではないかなんてことを、得手勝手、好き放題に述べてきたんですけれども、それは第11帖「花散里」でそれまで影も形もなかった花散里という光源氏の妻が出現したことを、読者の一人として、少し合理化しようと思って考えたのであります。末摘花という強烈な個性を描いては見たものの、長編小説の中での扱いに苦慮して、クローンの花散里を登場させたような気がしたのであります。もちろん、玉鬘系後記説なら末摘花のほうが後から造形されたということになって、末摘花は花散里のクローンとみなさなければならないのであります。それに疑問が涌いたのであります。


第2シーズンを第11帖「花散里」から第20帖「朝顔」までと致しますと、その第2シーズンでは、花散里のクローンとして朝顔の姫君という人物がが出て来て幕となりました。


第21帖「乙女」の巻にもクローンが登場して参りまして、これが夕霧と恋仲となる雲居雁という女の子であります。その存在は、夕霧の元服が大宮の元で挙行された後に出現するわけで、どうして今までそのことが伏せられていたのか、怪しいわけです。伏せられていたんじゃなくて、急遽思い付いて登場させたような気がいたします。テレビドラマや映画製作の現場だったら、第3シーズンでのてこ入れとして出て来たとも言えるでしょう。


人気の出そうな若い女優さんを見付けたので、プロデューサーが引っ張って来て強引にキャスティングしたというような感じであります。


夕霧の母の葵の上と、雲居雁の父の内大臣は、これはどちらも大宮の娘と息子でありますから、夕霧と雲居雁はいとこ同士であります。夕霧は父が源氏ですから、要するに二世の源氏でありまして、これに対して内大臣のほうは、岩佐美代子さんという研究者の考察によれば藤原氏のはずなのであります。片や源氏の御曹司、片や藤原氏のお嬢さん、この二人が幼少期に一緒に育ち、そのまま恋仲になっているというのが、第21帖の目玉でありまして、しかし唐突な感じであります。明石の上の先祖が音楽の名人だったというのは、注釈書によれば「須磨」の巻に、醍醐天皇の奏法を明石入道が伝えているというところがあるそうで、そこを踏まえるべきものだそうです。しかし、この「乙女」の巻を素直に読んだら、単純に「須磨」の巻をなぞっているようには感じられないのであります。あれは、落ちぶれた明石入道のつまらない自慢話に過ぎない感じであって、こっちは第三者というか宮廷の常識から見た明石入道・光源氏連合の先祖に対する指摘のようなのであります。


音楽の秘伝の話というのは、『宇津保物語』が有名でありますが、そこには秘曲を伝授している家系というのが出てくるわけです。伝授されなければ、秘曲の存在自体を知らなかったりするものなのです。紫式部は、当然のことながら『宇津保物語』を知っていたはずですから、別に唐突でも何でもなかったことなのかもしれません。原作者がこれまでのストーリーを換骨奪胎して、新たな展開を目論むこともあるうる事でしょう。もちろん、穏やかな言い方をすれば、常々温めて置いたアイデアを奥の手として繰り出しただけであります。

コメント

このブログの人気の投稿

岩波文庫『百人一首』を読む(81) 藤原実定

岩波文庫『百人一首』を読む(99) 後鳥羽院

足利将軍撰『新百人一首』を読む(6) 藤原菅根