もぢり百人一首(95) アップデート版

95 おほけなく お上もおほふ 苔ごろも だれかれとなく 冥加あらせたまへ


(通釈)大変僭越ではございますけれども、ここにおります私慈円は、あの後鳥羽院さまをもやさしく包み隠すほどの、ありがたい僧衣を持ち合わせておりまする。よって、誰彼と無く、もちろん隠岐の島においでの上皇様にも、仏様、どうかご加護をくださりませ。


(語釈)〇お上……上様。ここは隠岐の後鳥羽院を暗に示す。〇苔ごろも……僧侶の着る僧衣のこと。墨染めの衣料。〇冥加……「みょうが」と読むが旧仮名遣いは「みやうが」。神や仏が衆生に密かにお下しになる恵のこと。


(本歌)おほけなく 憂き世の民に おほふかな 我が立つ杣に 墨染めの袖

    (『千載集』巻第十七・雑中 1134番 法印慈円「題知らず」)


『千載集』では法印慈円ですが、『百人一首』だと前大僧正慈円とでてきまして、仏教界の格付けはよく分かりませんが、どんどん偉くなった方なのだろうと分かります。それにしても前の雅経の歌が非常に分かりやすいのに比べて、慈円の歌は、なんとなく最初から疎遠なものを感じます。よく考えてみると、私は「憂き世の民」でありますから、覆われているわけですけれども、そりゃありがたいと思うかというと、何だか迷惑なような気がしてしまうんですね。歌のサイズが大きいというか、特大の僧衣を着たお坊さんでありまして、慈円がウルトラマンのような巨大サイズに感じてしまいまして、いいえけっこうです、迷える衆生はなんとか自分なりにやっております、ほっといて下さいというような気持ちがしてくるのであります。慈円さんは、後鳥羽院をいさめるために『愚管抄』を書いた人でありまして、生まれも藤原摂関家でありますから、身分も高いが実力も充分の立派な人なのであります。    


三句切れの歌であります。句切れがあるということは、実は歌が倒置法によってひっくり返っていることが多いわけで、そのために解釈が難しくなるのであります。何遍も繰り返し口ずさんでいるうちに、倒置が元通りになって、主旨が見えたりいたします。つまり、「墨染めの袖(を)おほけなく憂き世の民におほふかな」となりまして、生意気にも衆生を救済しようとするのだ、というような決意でありまして、お坊さんとしての決意を表明しているのであります。「おほけなく」という言葉は、語源も不明でありまして、現在は使わないのでありますが、「身の程知らずに生意気にも」という意味であることは、なんとなく認めていいでしょう。そうでないと、この歌はバランスを欠いてしまいます。問題は、「杣」でありまして、これは材木をとる山「杣山(そまやま)」の事なんですが、じつは「我が立つ杣」というのは、比叡山に根本中堂を建てた伝教大師の次の歌によって、比叡山を指すのだそうであります。僧侶の人材育成所たらんことを比喩したのでありましょうか。五句目の所に掛詞があるために、四句目五句目は、「我が立つ杣に住み初め」となり、「比叡山に住み始めて以来」という意味が隠れていまして、ようやく全体が分かりました。


      比叡山中堂建立の時    伝教大師

阿耨多羅 三藐三菩提の 仏たち 我が立つ杣に 冥加あらせたまへ

   (『新古今和歌集』巻第二十・釈教・1920)

あのくたら・さんみゃく・さんぼだいの ほとけたち わがたつそまに みやうがあらせたまへ


慈円という人は、慈鎮和尚ともいいますけれども、なかなか人徳のあった人物でありまして、『徒然草』の226段に登場いたしますが、兼好法師の伝える『平家物語』の成立に関わる有名な話なんですけれども、これを慈円を軸にして考えるとちょっと違って見えるような気がします。それはどんな話かというと、こんな話でございます。後鳥羽院の時代に、学問が出来ると評判の信濃の前司行長は、御前で『白氏文集』を論じた時にヘマをしまして、それが原因で学問を捨てて遁世したのだそうです。慈鎮和尚は、一芸ある者を好んだので、この行長を食客にして手厚くもてなしました。食客というのは、おそらく「居候」のことでありましょうね。悪く言うと寄生虫みたいなものと思います。ともかく、この食客だった人物が作って、盲目の生仏という人に語らせたのが『平家物語』でありまして、だから『平家物語』は比叡山のことがめちゃめちゃ詳しく、登場人物の情報量に偏りがあるとまで兼好法師は指摘しております。だとしたら、『平家物語』というのは、慈円の膝元で温めたものと言っていいわけなのでありますね。どうもこの和尚さんは、これだけではなくて、いろんなことに手を貸していた名プロデューサーのようなのです。だったら、『百人一首』和尚さまの歌の格調の高さというものは、すんなり理解できます。

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