もぢり百人一首(94) アップデート版

94 み吉野の 衣打つ音 小夜の風 飽きても寒く しない約束


(通釈)吉野の里で砧で衣を打つ音が夜風に乗って聞こえる季節になりました。秋になって飽きても、都から通ってきて、一緒に共寝をして暖かくするお約束で、絶対に寒くしないと彼は約束……ううう、あれは嘘だったのね。


(語釈)〇み吉野……吉野を歌の中ではこう言う。〇衣打つ……冬支度として衣を砧で打って柔らかくすること。絹なら艶出しにもなる。



(本歌)み吉野の 山の秋風 さ夜更けて 古里寒く 衣打つなり

    (『新古今集』巻第五・秋下 483番 藤原雅経「擣衣のこころを」


作者は、飛鳥井雅経とも言うんですが、参議まで昇った人でありまして、『新古今集』の撰者の一人でもあります。鎌倉幕府までしょっちゅう出かけていた人で、フットワークが軽かったようであります。蹴鞠の飛鳥井家の祖でありまして、後鳥羽院と蹴鞠を蹴っていた人のはずであります。今だったら、お公家さんのサッカーチームのミッドフィルダーなどというポジションで活躍していたはずであります。藤原定家の息子の為家さんが、新人でフォワードを務めていたんじゃないかと思います。キーパーは後鳥羽院でありますね。紅い手袋を付けまして、手のひらを味方に振りかざして仁王立ちする姿が浮かびます。冗談はさておき、鴨長明を源実朝公に紹介したのもこの人、飛鳥井雅経ではなかったでしょうか。乱世を生き抜いた、たくましい人物なのです。要領がいい人で、本歌取りもうまいんですが、人の歌をいいなあと思うと、同時代人の歌でもかまわず本歌取りしてしまう人だったそうです。もちろん、この歌も本歌取りの歌でありまして、私はこの歌わりと好きであります。和歌って、こうでなくちゃ、というような軽さであります。切れ味もあるんですね。たぶん、処世術に長けた憎めない人でしょうけれど、じゃあ信頼に値するかと言うと首をかしげます。鴨長明はすぐに都に戻って、うじうじと恨みがましく翌年の春に『方丈記』を書きました。あれは、400字詰め原稿用紙なら10枚くらいですから、一晩で書けるものです。雅経の話に乗ったことを死ぬほど後悔したんだろうと、憶測いたします。    


み吉野の 山の秋風 さ夜更けて 古里寒く 衣打つなり

    (『百人一首』第94番 参議雅経)

み吉野の 山の白雪 つもるらし  古里寒く なりまさるなり

    (『古今集』巻六・冬 325番 坂上是則)  


雅経の歌は、『新古今集』の秋下483番に入っておりまして、どうやら百首歌を詠んだ中の一首で、「擣衣」を読んだ題詠の歌なのであります。つまり、これも別に実体験を歌にしたわけではなくて、当時宮廷で流行していた百首の歌を詠むなかで、当然の如く古歌を本歌取りして詠んだわけでありまして、今風に言うとパロディでありますが、古歌を脱構築して新たな趣向を提示しているわけで、なかなか面白いのであります。見ると、初句と四句目がまったく同じでありまして、二句目の「山の」という三文字も同じでありますが、利用した分量は規則ぎりぎり、ただし、季節が冬から晩秋に替えた程度では、ほとんど違いは無く、おそらく当時としては取り過ぎと思われたことでしょう。「なり」は本歌は断定の助動詞ですが、雅経の歌は推定の用法でありまして、「衣を打つ音が聞こえる」と訳したりするわけであります。そうなると、問題は歌を詠んでいる主体はどこにいるのか、どこで砧(きぬた)の音を聞いているのかと言うことでしょう。このことは、実は重大な問題であります。結論だけ言うと、詠作主体は女性になりまして、吉野の里にかくまわれている女性であります。しかし、京都からやってくる男は、訪問が途絶えがちでありまして、それは「秋風」に「飽き」を掛けて、夜が更け、「寒く」という道具立てで明らかなわけです。主人公は砧を打つような身分ではありませんから、独り寝の寂しい枕に、吉野の里の砧の音が聞こえてくるのであります。自分で考えたなら、もちろん大手柄と叫ぶところですが、そうではありません。主人公は山にいる、本歌では里にいるのを位置を変えた、というナイスな説があるのであります。出所は内緒。私は、やっぱり里にいるような気がしますけれどもね。


『とりかへばや』という作品では、吉野に姫君がいるというような話だったかと思います。相当きわどい小説ですから、ここであれこれ言う必要もありません。吉野というのは、京都における政争を避けて隠棲するような土地でありまして、昔の首都圏である畿内の南の果てと考えるといいのでありましょう。西の果てが在原行平が住んでいた須磨で、『源氏物語』では光源氏が身を寄せたところでした。東は逢坂山からもう田舎でありまして、美濃・尾張までゆくと「身の終り」であります。


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