もぢり百人秀歌(90) アップデート版
90 たまにでも 逢ひたきものよ 我が妹に 由良のみさきに 拾ふ恋かも
(通釈)ほんの時々でも、いとしい我がいもうとに逢いたいものだなあ。そうしたら、由良の岬で拾った玉のごとくにこの掌で撫でまわすことができるのに。だとすれば、恋と言うのはこの拾い集める玉のようなもので、たまたま拾うものなのだろう。
(語釈)〇妹……「いも」。男から見た姉妹。妻にした女性を男が呼ぶ場合もある。
(本歌)紀の国の 由良のみさきに 拾ふてふ たまさかにだに 逢ひ見てしがな
(『新古今集』巻第十一・恋一 1075番 権中納言長方「題知らず」)※二句目「由良の湊に」
この方は、藤原定家の従兄弟に当たる人でありまして、ただし年齢は長方のほうが年長でありまして、おじいさんが藤原俊忠という人であります。俊忠の三男が俊成さん、俊成の次男が定家さん、俊忠の娘が長方を生んでおりますことから、従兄弟と言うことであります。俊忠さんという人も歌人でありまして、国信同様、堀河天皇の近臣だった人で歌合を主催したりしていた人なのであります。貴族がみんな歌が出来るかというと、そんなことはありませんので、歌詠みの血筋があったと言うことなのでありましょう。
由良という地名は前に出てきまして、どこなのか諸説がありましたが、これはもう紀伊の国に決まりであります。本歌もあるんですが、三句目までが序詞で、四句目の所に掛詞が仕掛けてあります。「玉」と「たまさかに」でありまして、これは難しくないですね。『新古今集』の恋一に入っておりますが、どうも初句と二句目に異同があるようで、「紀の国や由良のみなとに」となっておりまして、ちょっとの違いですが困りますね。
紀の国の 由良のみさきに 拾ふてふ たまさかにだに 逢ひ見てしがな
(『百人秀歌』第90番・権中納言長方)
妹がため 玉を拾ふと 紀の国の 由良のみさきに この日暮らしつ
(『万葉集』巻七 1210番)
長方の歌には本歌が指摘されています。その本歌は、下に示した『万葉集』の歌でありまして、作者は藤原卿とありますが、それが誰かは判然としないようであります。典型的な本歌取りの歌でありまして、歌の背景を『万葉集』から借りただけで、長方の歌の言いたいことは「たまに逢いたい」と言うことだけなのです。「てふ」が「といふ」の略でありますし、「てしがな」というのはこれで一個の終助詞と見なすもので、希望を表します。こうして見てくると、『百人秀歌』にあって『百人一首』に落選した歌は、非常に分かりやすい歌ばかりでありまして、単純な近代の歌は省いたのかも知れません。『百人秀歌』から『百人一首』に改訂するに当たって、落選した歌の位置を見てみると、53番(藤原定子)、73番(源国信)、76番(源俊頼)、90番(藤原長方)となるんですが、この数字の間に固定されて不動の歌人と、順序の入れ替えられた歌人がありまして、どうやら時代毎にまとまりがあるようなのであります。つまり史的な歴史を踏まえつつ、歌人を適切に配置しようと移動させる中で、脱落させるものを選んだようであります。『百人秀歌』で62番(大弐三位)と64番(紫式部)となっていた娘と母を、『百人一首』では母を先にして娘を直後に配するというように修正して、57番(紫式部)・58番(大弐三位)としましたから、二つの秀歌撰の改訂の順番はこれでほぼ決まりですね。誰もがご指摘のはずです。
藤原定家の年上の従兄弟に当たる藤原長方は、なかなかの硬骨漢であり、すぐれた政治家です。
梅小路中納言と世間は呼びますが、『続古事談』という本に、いい話があります。平清盛は、京都から福原へと遷都を実行しますが、これに不服の貴族が京都に居残るのであります。そう言う人たちを清盛が招集しまして、「古京と新京の優劣を比較せよ」と迫るんですね。命に関わりますから、みんなろくろく意見を述べないわけですが、この長方卿だけが新京の欠点を言いつのって、古京の利点をまくし立てたそうなんであります。その日のうちに還都が決定するんですが、同席していた他の貴族が、長方卿に聞くんであります。「還都に決まったからいいものの清盛が怒り狂ったらどうするの? Are you all right ? 」……ということは、殺されるところだったよと忠告したんですね。ところが、長方卿は落ち着いた態度でありまして、「あれはね、清盛の真意を見抜いたのさ。中国でも日本でも、悪いやつはよからぬ事を思い付くと誰にも相談しないが、後悔するとあれこれ人に訊くのだ。だから、さんざん言ってやったのさ」ということなんです。組織に属している方は、そういうことをたくさん経験していることでしょう。あれこれ悪事を働く奴は、「そうか、しまった」って思った時だけ、普段は無視している善意の人に相談するんですね。
さて、番外編4首を眺めまして、いよいよ『百人一首』は、残り8首となりました。あと一息。
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