もぢり百人一首(89) アップデート版
89 弱るなら 絶えなば絶えね 玉の緒よ 長らく忍ぶ 恋ぞ苦しき
(通釈)あの方のことが大好き。声を掛けていただきたいし、そうなったら思いのたけをこめて返事をしてみたい。いっそ声をこちらから掛けようかしら。いえいえ、そんなことをしたら父上は怒り狂って、あの方を流刑にだってしかねない。ああ、でももうこらえられない。私の我慢する気持ちが弱るなら、我が命よ、絶えてしまうのならば絶えておしまい。命が絶えても惜しくもなんともない。こうして子供のころから、あの方への思いを忍んできた、この恋心がつらくて苦しくて切ない。
(語釈)玉の緒……玉を貫いた紐を原義とする単語。命の意。
(本歌)玉の緒よ 絶えなば絶えね 長らへば 忍ぶることの 弱りもぞする
(『新古今集』巻第十一・恋一 1034番 式子内親王「百首の歌の中に忍恋を」)
何となく、私の中で『百人一首』と言えば、この歌なのであります。つまり、子供心にまったく意味の分からない歌でありまして、私がいつごろまで子供だったのかというと、30歳くらいまででありまして、その頃にようやく物心が付いた感じがいたします。冗談はともかく、ぼんやりとした子供時代の心の中を、私の頭の中の「憂いの篩(うれいのふるい)」を使ってのぞいてみますと、『百人一首』というのは、この歌の印象なのであります。分からない歌ですから、お勉強もいたしまして、修辞技法の説明も、しようと思えば出来るんですが、それにしても全体として分からないところだらけの歌であります。「憂いの篩」というのは、『ハリー・ポッター」に出て来る、過去を探る魔法のアイテムのことです。
もちろん、知ったかぶりはいくらでも出来るんですが、どこか現代語として通じるところがあるでしょうか?
もちろん、「絶え」とか「長らへ」とか「忍ぶる」「弱る」「する」という動詞は、活用形の問題はあっても現代に残っておりまして、じゃあ本当に分かるかというと、ここまでの経緯を振り返ったら、油断は禁物であります。さらに、唯一の名詞が「玉の緒」でありまして、中村玉緒さんは勝新太郎さんの奥さんでありまして、あれが芸名ならここから取ったものかも知れません。ということで調べると、「玉緒」というのはご本名だそうです。いい名前でありますね。ともかく、「なば」とか「ね」とか、「もぞ」と、手強い手強い文法まで入ってまして、なかなかどうして、現代から見たら、これはとてつもなく難解な歌でありますね。初句で切れ、二句目で切れております。さらに作者が、高貴な女性でありまして、これだけ高貴な人で歌の詠める人が出てきたのは、『万葉集』の時代をのぞけば、初めてくらいではないのでしょうか。後白河院の三の宮、すなわち皇女でありまして、それを内親王というのです。もう、時代が違うのであります。そう考えないと、こういう歌人の出現は理解できません。
「私の命よ、ここで絶えるなら絶えよ」というのが、上の句の意味でありまして、「な」も「ね」も、強意の助動詞「ぬ」の活用形でありまして、それぞれ未然形と命令形であります。命を意味する「玉の緒」というのは、おそらくはヘソの緒あたりからの連想で命を指す言葉なのでありましょうが、この「緒」というのが、まあ言ってみれば「ひも」でありますから、「絶え」「長らへ」「弱り」ということばを導くわけで、これを縁語などと言うのであります。実は最近、20年以上はき続けている、夏のスポーツパンツのゴムを入れ替えまして、ふたたび復活であります。ちゃんとしたスポーツメーカーのMIZUNO製でありまして、商品名が「RUNBIRD」、とても柔らかなので買い足して二着もありまして、大切に使っているから長持ちであります。長く使うとゴムがゆるみますが、ゴム通しという道具を使うと難なく修繕できるわけです。ゴムの入れ替えは5分もあれば無意識で出来る作業ですから、自分で替えたことすら忘れておりました。家の中のお針箱の中のゴムが切れておりましたが、100円ショップで105円、10メートルくらいあるはずですから、二着替えても余っております。裁縫も得意な私には、老後の心配は無用でありますね。2011年に書きましたので、消費税が昔の税率であります。それから、愛用のスポーツパンツは古びましたので、すでに断捨離いたしました。2023年には影も形もありません。
問題は、「忍ぶる」という動詞の活用と、「弱り」という動詞の俗語的性格でありましょうか。
変だなあとは思っていましたが、「忍ぶる」は上二段活用の連体形でありまして、我慢するとか人目を避けるという意味ではこれが正しい活用なのであります。じつは、人を想う、思いを寄せるというのは「しのふ」という四段活用で、まったく別のことばであった「しのぶ」とが混乱しまして、四段活用の方に吸収されたのだそうです。だから、活用形が現代とは違っているわけなのです。それから、前にも出て来た「長らへば」というのは、未然形に「ば」が付いている仮定条件ですが、この語形は消滅しましたので、いまは「長らふれば」という、已然形に「ば」の付いた本当は仮定条件でも何でもない形の後継である、「長らえれば」というのが仮定条件を背負っておりますから、もうなんだか支離滅裂な変化の嵐なのであります。ともかく「このまま生き長らえると、この恋を忍び通すことが、困ったことに弱ることにもなるぞよ」というようなことを、歌の後半で述べているわけです。「もぞ」は、係助詞の連語で、危惧・懸念・不安を表していて「もこそ」とだいたい同じものです。
「忍恋」という題で詠んだ、百首歌という一人でいろんな歌を詠む企画に参加した時の歌です。
実際に誰かとやりとりした歌ではありませんから、独詠のように見えまして、これ一首で鑑賞することは可能ですけれども、常識なら誰かに贈る、もしくは誰かに返すという場面を考えてみる方がいいでしょう。そして、詠作主体は女でなくても男でもいいわけです。道ならぬ恋であるとか、宮廷のお勤め先で接する者同士の、淡い敬慕が激しい恋情に変化した時の思いを述べているわけで、この時代に『源氏物語』を読むことが奨励されましたから、そうした物語を背景にしたら、よくまとまった佳作であります。ただ気になるのは、内親王という、宮廷女房にかしずかれるような天皇家のお姫様が、自分でこんな歌を紡ぎ出したことが驚きでありまして、この人も西行と同じような天才肌の歌人なのであります。なぜ、高貴なお姫様が歌を詠むと問題かと言えば、歌の内容を作者の体験だと勘違いする人は多いわけで、「誰がお相手?」「まあ、はしたない」というような邪推からは逃れられません。歌はフィクションでありまして、別に作者の実体験であるわけではありません。それなのに、式子内親王の相手はだいたい藤原定家と相場が決まっておりまして、中世にはいろいろと想像をたくましくしたそうです。
歌を詠むというのは知的な操作の問題でありまして、近代の短歌のように実体験を素直に詠もうというのも、ほんの一時の流行に過ぎなかったはずです。「写生」が一番いいなどというのが、大流行したために、後から振り返ったら、どれもこれもつまらない、なんてことになるのですね。
「弱る」という言葉は、平安時代の後半に使われた俗語に近いものらしいのでありまして、普通は肉体の衰弱を意味する言葉なのであります。「緒」が「弱る」という言い方はないのではないかということで、どうも専門家の見方は「長らへ」と「弱り」を結びつけて縁語とするようであります。このあたりは、『日本国語大辞典』(第二版)を見ると有益でありまして、詳しく書いてあってお勉強になりました。ともかくこの歌は、二人の恋愛がこのまま世間にばれるくらいなら、いっそ死んでしまいたいというのが一首の眼目であります。繰り返し読んでいるうちに、その羞恥心の強さ、愛情の深さ、ばれる前に添い遂げようぞという意志が籠められまして、なかなかずるい気持ちも隠し味になっている、いい歌なのであります。後半がイマイチなどという評価があるんですが、そう言う方は、古典の和歌を一回だけ読み流すというか、目で読んで判断なさるんですね。不思議な評価があるものです。
繰り返し繰り返し読んで、本末が転倒するくらいになってはじめて歌の意味が分かるんじゃないのでしょうか。
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