もぢり百人一首(87) アップデート版
87 濡れ落ち葉も 霧立ち昇る 秋の暮れ 震災の涙も いまだ乾かぬに
(通釈)東日本大震災は冬の終りの三月のことだったが、それから春が過ぎ夏が過ぎ、気が付けば震災の涙もまだ乾かないのに、広葉樹の木の葉も散る秋が来て、夕暮れには霧が立ち込め落葉を濡らすように、まもなく一周忌の冬が迫ってきたことよ。
(語釈)〇濡れ落ち葉……振り払ってもなかなか取れない濡れた落葉。定年退職後、趣味もなく友人もいない男が暇を持て余し、妻から離れずに生活する様子の比喩に使われて久しい。昭和の仕事人間の末路として有名。〇震災……2011年3月11日の東日本大震災を指す。この『百人一首』に関するブログ記事は、その前後に書き散らしていたもの。
(本歌)村雨の 露もまだ干ぬ まきの葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮
(『新古今集』巻第五・秋下 491番 寂蓮法師「五十首の歌奉りし時」)
ここまで、あまり打ち込みすぎない程度に、半分冷やかし気分、その反面ひじょうにきまじめに『百人一首』をとぼとぼ読んで参りましたが、それなりに解釈の問題点が浮かんで参ります。お勉強で習った歌などは先入観がありまして、分かったつもりでいるんですが、今ない言葉、変化した言葉を探りますと、そこに解釈のほころびが見えてくるわけでありまして、古典だからしかたないとあきらめずに、それなりの常識を持って対処すると、どうも歌の向こうに、それなりの工夫やら、込められた感情がほの見えてくるようです。
寂蓮さんというのは、実は藤原俊成さんの養子だったことがありまして、つまり藤原定家の義理のお兄さんであります。『新古今集』の撰者の一人でもあったわけで、なかなかの歌人なのであります。ただし、私生活の話題であるとか、ゴシップの類を見たことがありません。調べ尽くして物を言っているのではありませんので、ほんとはあるのかも知れませんね。なんとなく、気持ちのよい、よく練られた秋の歌でありますが、ほんとにそれだけなのか気になります。注目するのは、「まだ干ぬ」というところでありまして、これは「まだひぬ」と読むのであります。「ひ」は「ひる」という動詞の未然形です。「まだ乾かない」と訳してみれば、ほかに何の問題もなさそうですね。しかし、見たまんまの歌かどうか、考えてみたいと思います。
秋の暮れ 雨の後には 霧が出て 濡れた木の葉は まだ乾かない
雨の後 濡れた木の葉を 霧ぞ抱く 乾くひまなき 秋の夕暮
よく考えると、「村雨」も「槇の葉」も馴染みのない言葉でありまして、首をひねるばかりであります。人名と言いますか、名字にはよくある物ですから、なんとなく知っているつもりで、実はまったく知らないのであります。「村雨」というのは、驟雨のことであるような気がするのですが、今度は驟雨がどういう雨なのか考え込んでしまいますね。にわか雨、通り雨ということで、天気の移り変わりの激しいことでもありますから、山の中であるとか、季節の変わり目であるとか、地域的な問題もありそうであります。「槇の葉」のほうは、どうやら針葉樹の杉や檜のことでありまして、現在の「槇」は含まないのではないかという説を知りました。そうなのかも知れませんね。雨のもたらした雫が乾かないうちに、迫る夕暮れの薄暮の中で霧が樹木を包んでゆく様子ですから、時間の推移があって動的でありまして、最後は名詞止めで一幅の水墨画にまとまります。露という微細な物から、葉っぱに、そして全山の風景というふうに広がって参ります。
非常に分かりやすい風景ではないかと思うのですが、単に風景をめでて終わりでしょうか?
まず、夕暮というのがポイントになりそうです。当時の結婚形態では、別居が普通ですから、男性は夕暮れを待って行動を開始いたします。女性の家目がけて出かけてゆくわけであります。通常は牛車を使いますが、あせると馬に乗ったりするのであります。女性の方は、いつ来るかと待ちわびるわけでありまして、現代の同居している男性の帰宅を待つのよりはスリリングな時間帯であります。雨の露というのを、涙の比喩と見なせば、涙で濡れた袖を乾かすというのは、夫の訪問が途絶えがちであることを意味しますから、「まだ干ぬまきの葉」というのは、愁いを帯びた女性の頬であるとか、涙をぬぐったばかりの袖の比喩となる可能性が残ります。ここまで言えば、もはや「霧立ちのぼる」の「霧」が何者かの比喩であり、「立ち」「のぼる」という動詞がどちらも人の行動につかうことの出来る動詞であることは、言わずもがなの指摘であります。激しく、そして気まぐれに降る「村雨」を以前の恋人または夫の比喩として、やさしく、あるいはクールに槇の葉をつつむ霧は、新しい恋人もしくは夫のことなのであります。今度の恋は成就するのかどうか、それは「飽き」の夕暮という言葉の響きによって、波乱含みとなることは間違いありません。あれえ、これは恋愛関係の縁語を使った、巧妙な季節の歌ではありませんか。『新古今集』の秋歌下・491番に入っておりますが、その前後はみんなこんな感じでありまして、恋愛気分が横溢している季節の歌なのであります。やったあ、またしても大手柄? いえ、まあ思いつきです。
以下、2023年、寂連の「村雨の」の歌をもぢる歌、三首。
中将と 縁を切りぬる 夕顔に 惹かるる源氏 夏の夕暮
柏木の 喪に服したる 落葉宮 夕霧通ふ 秋の夕暮
大君の 死後に遺れる 中の君を 薫とむらふ 冬の夕暮
こうしてあれこれ戯れに考えていると、やはり『源氏物語』「横笛巻」の、夕霧がなくなった柏木の遺言に従って、未亡人の落葉の宮に言い寄る場面を背景にしていると考えるのが妥当でありましょう。何せ、「夕霧」というのは、まさしく「霧立ちのぼる秋の夕暮」そのものであります。藤原俊成は『六百番歌合』の判者を務めた時に、「源氏見ざる歌詠みは遺恨のことなり」と言ってはばからなかった歌壇の権威でありまして、その人が歌道家を継がせようと養子にしたのがこの寂蓮だというのを、今さらながら思い出してしまいます。
「溢れる教養、小さな器」という自虐が、私の人生のキャッチフレーズでございますが、何か問題でも?
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