もぢり百人一首(78) アップデート版

78 鳴く千鳥 すまずあはじと 寝覚めさす 幾晩起きない ねぼけ関守


(通釈)ここ須磨に都落ちして住むことになったが、海岸で鳴く千鳥の声が「須磨には住まない」「淡路では人に逢わない」とわびしく泣いていて私を目覚めさせる。都では光る源氏ともてはやされた私も、わびしいこの地の関守のような暮らしだ。この関守が幾晩起きずにぐっすり眠るとお分かりか? 毎晩目を覚まして、寝ぼけているんだよ。


(語釈)〇千鳥……チドリ科の鳥。海岸などに生息する鳥で、南極以外の土地にいるとされる。ここは、お笑いコンビのことではない。〇すまず……地名の「須磨」に「住まず」を掛ける。「須磨」は、摂津国の西の端に当り、畿内の外れで関所が設けられていた。『源氏物語』において光源氏が不遇をかこった土地である。〇あはじ……地名の「淡路」に「逢はじ」を掛ける。「淡路」は旧国名で、須磨の対岸に広がる島であり、古くは一国であった。仮名遣いは「あはぢ」。〇関守……須磨の関所の番人。


(本歌)淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守

    (『金葉集』巻第四・冬 288(270)番 源兼昌「関路千鳥といへることを詠める」)


この歌の問題点は、四句切れかどうかということであります。四句切れで、五句目の「須磨の関守」が倒置されていると見なすわけですけれども、古来注釈書は居心地の悪さを感じつつ、四句切れを支持してきたようです。その場合は、「寝覚めぬ」の「ぬ」を完了の助動詞の終止形とするわけですが、ちょっと待てよという気がいたします。問題なのは、「寝覚め」という動詞が今ありませんから、解釈しようとするとまずそこにおそらく弱点をはらむわけでありまして、さらに完了の助動詞の「ぬ」というものも、基本的には現代に残りませんでしたので、ニュアンスが本当に分かるのかどうか、とてもあやしいのであります。その結果、諸注釈は「寝覚めぬらん」の「らん」の省略であるとか、「ぬ」は「ぬる」の誤りであるというようなとんでもない自家中毒に陥りまして、てんやわんや、支離滅裂であります。思うに「幾夜」という副詞または名詞に秘密がありまして、これは「いくら」「いくつ」「幾晩」「幾月」などなど、「いく~」という形をしているんですが、それの究明の仕方がぬるいのだろう、というように思われるんでありますね。


「いく~」は、疑問の副詞になる時と、否定にかかる陳述の副詞の時と、程度の名詞の時がある。


つまり、「いくら持ってる?」という時と、「いくらも持ってない」というときと、「いくらでも持っている」という時です。とらえどころがないような印象ですね。だから、みんな扱いかねたのでしょう。千鳥の声で関守が夜中に起きてしまうという結果が自明なのに、そういう解釈を受け付けないところがあると言うことであります。たぶん、この歌は句切れがないのでありますね。四句切れなら、ちゃんと「幾夜か寝覚めぬ」とか「幾夜も寝覚めぬ」というように、係助詞を入れて、ここで終わりますよというようなサインがないといけないでしょう。「いくよ」のところに母音がありますから、係助詞を入れても字余りではなかったのに、それを入れてないんですね。だから、四句目では切れていないはずなのです。言い換えると、係助詞を直下に入れない、「幾夜+(連体形)+名詞?」という語法があったと言うことではないでしょうか。「幾夜、寝覚めぬ須磨の関守?」というような疑問文ではないか、という指摘をしてみました。これが成立したら、文句なしの大手柄であります。「毎晩うるさい千鳥だけど、あの声に、須磨の関守さんはどんだけ目が覚めないでいるの?覚めるんでしょ?」ということです。語順が今と違うんじゃありませんか?




もう一度言いますが、四句目の所に解決しない問題がありまして、言いたいことが分かるのに、文法的に解決を見ていないという問題が残存しております。作者についても、どうしてこんな歌人が入っているのかという疑問がありまして、香川景樹さんなどは『百首異見』のなかで、『百人一首』は藤原定家の選んだものじゃないんだからかまわない、というようなことを言いきっております。それに対して、これは歌が『源氏物語』の須磨の巻を踏まえているから、俊成や定家の嗜好に合うのだという説もありまして、なかなか賛否両論かまびすしいのであります。池田弥三郎先生は、『百人一首故事物語』のなかで、「歯切れが悪くて、百人一首を読んでいると、これが、ずの連体形のぬのように聴きとれる」とちゃんと告白なさっていまして、だから皆さん、提案なんですけれども、「ぬ」は打消の連体形であると認めましょうよ。


この歌と作者が『百人一首』に入ったのは、西行の評価と、源俊頼さんとの因縁によるかも。


まず、外堀を埋めたいのですけれども、西行の歌論を伝えるものに『西行上人談抄』別名『西公談抄』というものがあるんですが、これは西行の談話を弟子の蓮阿という人が筆録したものでありまして、そこに入っております。これが意外と大きなインパクトがあるでしょう。それから、鴨長明の『無名抄』という歌学書に、源俊頼さんとのいい話があるのであります。藤原忠通公の邸宅で歌会がありまして、源兼昌さんは読み上げ係の講師をつとめておりましたが、俊頼さんの歌に作者名が抜けていまして、まごつくんですね。俊頼はただ読めよというもんですから、読み上げてみたら、歌の中に「としより」が隠れていていわゆる物の名になっていまして、兼昌さんは感心したと言うんであります。忠通公も、どれどれって歌の草稿を手にとって見たと言うことで、まあこんなところに人柄が表れるんであります。以上は、索引を使えば誰でも引っ張り出せます。合計2分の作業であります。では、「ぬ」が連体形だという内堀を埋めてみたいと思うのですが、仕上げをご覧じろ。


逢ふことを けふ松が枝の 手向草 いくよしほるる 袖とかはしる

  (『新古今集』巻第十三・恋歌三 1153番 式子内親王「百首歌に」)


「いくよしほるる袖?」と分かる?、分からないでしょう、というような表現であります。「どれだけ袖をぬらしたと思ってるの?」というのが自然な言い回しでありますが、この歌を証拠にして源兼昌さんの歌に迫ることを許してもらえればいいわけであります。だから、例の歌は、全体をカッコで包み、その下に「とかはしる」という相手に同意を求めつつ、相手の想像力を超えた事態を愁訴するものだと分かればいいわけであります。幾晩考えた内容だと思いますか、想像付かないでしょう。二晩くらいです。


「淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守」(とかはしる)


「寝覚め」というのは、「寝覚む」という動詞の活用形でありますけれども、夜中に不規則に目を覚ましてしまうということであります。「ぬ」を打消の連体形に見なせば、「幾晩目を覚まさない関守?と思ってるの?毎晩なんだよ」ということでありまして、これで一件落着であります。池田弥三郎先生も、きっとあの世でお喜びでありましょう。だれもが打消の連体形に見えていて、それを言い出せなかったのは、「幾夜+(連体形)+名詞」という構文が、あまり一般的じゃないからでしょうね。あまり、証明にはなっておりませんが、見付けちゃった人の勝ちと言うことでありましょう。香川景樹さんは、『新古今集』に入っている藤原清輔の歌を例示して、すべっております。索引が完備していない時代ですから、例を見付けるのに苦労なさったんでしょうね。いい時代になりましたね。


たぶん、この『もぢり百人一首』での最大の手柄はこれです。

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