もぢり百人一首(40) アップデート版
40 忍ぶれど 声に出でにけり 勝ち歌は 物も食はずに 忠見臥すまで
(通釈)帝も判定に迷って勝敗を言うのをこらえたけれど、兼盛の歌が勝っていると思わず漏らすお声に出てしまったことよ。負けた忠見は物を食わなくなって死の床に臥すほどまでショックを受けたことだ。
(語釈)〇忍ぶれ……下二段活用動詞「忍ぶ」の已然形。現代語の終止形は「忍べる」となるが、現代語のように可能動詞というわけではなさそう。ここは、がまんする、こらえるの意。〇勝ち歌……歌合の判定は、「勝ち」、「負け」、引き分けの場合は「持」となる。「じ」と読むようですが、現代で言うと「行司預かり」みたいな意味かと思います。持ち越しなんてことでしょうか。天徳四年の歌合では、兼盛の歌が、天気すなわち帝の判断で勝ちとなりました。
(本歌)忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで
(『拾遺集』巻第十一・恋一 622番 平兼盛「天暦の御時の歌合」)
これは説話などに出て来る有名なものでありまして、次の第41番の壬生忠見の歌とセットになるわけでありますが、『百人一首』での歌番号をご覧いただきますと、この二首は隣り合っている物の、40番と41番ではペアにならないものなのであります。四首一組でも別のグループになりますから、『百人一首』という物が、本当に完成型なのかどうか、怪しいことこの上ないのであります。これを、『百人秀歌』でみると、平兼盛が第41番、壬生忠見が第42番でありまして、奇数と偶数の組み合わせなので何の問題もなくペアなのであります。
この順番に関してはすでにご指摘の注釈もあるのかも知れませんが、準備万端に諸説を網羅して書いているブログではありませんから、ご容赦下さい。
平兼盛さんという人は、陸奥に国守として赴任したこともある人ですから、エピソードも幾つかありまして、有名な歌ももっとあるのであります。安達ヶ原の鬼婆伝説にも少し絡むわけですけれども、その人となりを充分伝える説話が無いような気がいたします。その辺のところを、少し考えてみようかと思うんですが、おや、もうこんな時間でありますね。今日は、東京国立博物館を駆け巡って、少々疲れました。立派な茶釜をいくつか拝見しまして、さらにアイヌの弓矢などを見ましたが、日頃の運動不足が露呈しました。鍛えなくちゃと思った次第です。また明日。
手塚治虫さんの『ブッダ』の原画を、上野の東京国立博物館で見て参りました。
ご覧いただいているのは、潮ビジュアル文庫の『ブッダ』12巻セットでありまして、随分前に我が家に備え付けた物ですが、最後まで読んだかどうか記憶が定かではありません。手塚治虫さんの作品は、週刊まんが雑誌で『ワンダースリー』や『どろろ』を読んでいた世代でありまして、『鉄腕アトム』は物心の付くか付かないかの頃であります。『ブラックジャック』のころは、もう他のまんがの方が面白い頃でありまして、そう言う意味では、手塚治虫さんを崇拝する気分はさほど強くはないのであります。
原画を見ると、なるほどやはり希有の才能の持ち主。
ビートルズを崇拝する人を見ると、どことなく違和感を感じるような気分と同じでありまして、世代がずれているのか、育った地域や環境が違うのか、少し覚めた感じがするんであります。その辺のところを、誰か上手に説明してくれるといいなあと思っているのですが、どうもそう言うことを言う人がいないのであります。手塚治虫さんの場合は、雑誌連載の打ち切りであるとか、あるいは掲載誌の変更などを肌で知っておりまして、世間の一部が崇拝するのもわかるし、それにたいして違う気分を持って見る見方も心得ておりまして、そうした複眼的な視点で文化史的に扱う人がいたらいいなあと思うわけです。
以上は2011年頃の話でありますが、2022年現在だとYouTubeで岡田斗司夫さんが手塚治虫さんの話をよくしています。
この歌に関して気になることは、二句切れなのか、三句切れなのかと言うことなんであります。どちらが正しいかとか、そう言う意味ではなくて、どういう節回しで読むのか、どういうふうに味わうのかと言うことでありますね。折口信夫さんの『言語情調論』(中公文庫)というのは、大学の卒論らしいのですが、心余りて詞足らずな論文ですから半分も分からないんですが、ちょっとしたことで歌になっていたりなっていなかったりするということを鋭く突いているわけです。この兼盛の歌というのは、どこで切るかによって、センスが問われるところがあるような歌でありまして、二句目の終わりで切っては駄目で、三句目の終わりで切るんでありましょう。ともかく、平易な日本語なんですが、ちゃんと歌の調べになっているという点で、歌合わせの際に話題をさらったのは当然なんです。
『万葉集』は、「五七。五七。七」ですが、『古今集』以降は、「五七五。七七」というのが一般的。
昔、『万葉集』か何かの授業に出て、「五七五。七七」のリズムで読んだら、授業の後で、すごく違和感があったと言われてびっくりしたことがあるんであります。向こうもびっくりしたが、こっちもびっくりしたんですね。それから、注釈書を読んでいますと、母音がどうの、特定の子音が繰り返される、と言うような指摘がたくさん出てきまして、そう言えば中学校などで国語の授業を受けた時は、短歌についてまことしやかに音韻面の特徴について分析を聞かされる時がありました。独りよがりな感じと言いますか、何か的がずれているような気がするんですけれども、たとえば前回紹介した昭和40年(1965)11月15日に刊行された久保田正文さんの『百人一首の世界』(文藝春秋社)なども、そのあたりを得意そうに指摘なさるんですね。ローマ字書きすれば、誰でも言えることなんですが、近代短歌の批評スタイルとしては確立していたようです。でも、どこに由来するのでしょう?

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