昔のブログを見ていたら、だらだらと際限なく書いているわけで、追加で処理いたします。2011年は忙しかったんですが、よくまあ、ブログを書く時間があったものであります。
月の面白かりける夜、あかつきがたによめる
深養父
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
(『古今集』巻第三・夏 166番 『百人一首』第36番・清原深養父)
やはり、何か私が重大な見落とし、あるいは勘違い、意図的な錯誤をしているのだろうと一晩のうちに分かるかと思いましたが、やはりそんなことは無いようで、こんな有名な歌の解釈が従来間違っていたと言うことに、ほんとにびっくりしてしまうのであります。「ぬる」を完了にするのか、強意にするのかというのは、私は揺れないと思いますけれども、百歩譲って完了とするなら、「あかつきがたに」とある詞書との整合性を厳しく糾弾する必要が出て参ります。「月の面白かりける夜」というのは、ほぼ満月に近い頃か、空に雲などがなくて、月が陰っていないはずですが、そこを従来の説が見落とすのも不自然でありますね。「らむ」の問題は、辞書や文法書を見る方には、現在推量の用法も知らないで何を馬鹿げたことを主張すると嘲笑されそうでありますが、それはやむを得ないでしょう。ただし、現在推量の訳として一般に普及しているのは「~ているだろう」と言う訳ですが、この解釈が正しいかどうか検討して見たことありますか? というふうに逆襲してみたいと思います。
現在推量という文法用語は、別に現在進行推量ではないはずだが、そこのところはお分かりか?
当然のことでありますが、「らむ」というのは現代語に残らなかったわけですから、それを単一の「~しているだろう」という解釈で訳し通せると言うことの方がおかしいのであります。我々の脳内には「らむ」という助動詞は影もかたちもないわけで、それが「~ているだろう」であると確信できることの方が変なんですね。この訳の中にある「~ている」というのは、状態を表す表現であるはずですが、それがいつの間にか進行形の如く思い込まれて理解されている可能性が高いのであります。皆さん油断しすぎているんですよ。この助動詞は「今~だろう」という、他者の状態に対する語り手の推測を表明するものであって、さらに現在の状態についての原因推究であるとか、相手の心理に対する推測を表すんであります。むしろ、単一の解釈でやると決めるなら、「今(ある状態にある)だろう」という訳で押し通せないわけではないのであります。というか、押し通せてしまうんですね。推量の助動詞「む」を「だろう」と訳しなさいと言ったら、「らむ」の訳は「ているだろう」と言わないと違いが分からなくなるという程度のことで、訳が固定化したのでありましょう。
「雲のどこに、月は宿を取るのだろう」というのは、月を擬人化し、寝るの? 寝るつもりなの? まさか寝ないでいるの? と聞いているんでありましょう。念のため、同じ『古今集』の夏の歌を掲げておきましょう。
五月雨に 物思ひをれば ほととぎす 夜ふかくなきて いづち行くらむ
(『古今集』夏・153番・紀友則「寛平御時后宮歌合の歌」)
この五句目を、「どこへ行っているのだろう」とか「どこへ向かっているのだろう」とする必要はありませんね。「どこへ行くのだろう」「どこへ向かうのだろう」で充分でありまして、さらに「どこへ行く気だろう」とすれば、すっきりいたしますね。直前にこうした和歌があるにもかかわらず、現在推量にしてしまうとか、さらに何となく現在進行の推量を想定しているのはどうかと思うわけであります。
『100人で鑑賞する百人一首』(教育出版センター)
書棚の奥からこんな本も出て参りました。昭和48年(1973)12月1日刊、久松潜一監修、武田元治編著、となっておりますが執筆者の数がものすごい数(だから100人)になっております。全員の住所付きという次第です。どれだけのどかな社会だったのか、ということが分かります。この中で大田南畝の『狂歌百人一首』というのが紹介されていまして、これはこれは、またまたいい物を知りました。おいおい、探しだして味わうことにいたします。毎回注釈書に立ち向かっている間に、段々真面目になってしまいますね。これはよくないことであります。別に研究を今さら志しているわけではありませんから、言いたい放題、煙に巻いてエンジョイいるだけでありますので、反論はどなたも無用であります。書いている本人が、自分の述べた説を信じておりませんが、何か問題でもありましょうか。
書棚のなかに、こんな本を見付けまして、そう言えば読んだことがあるなあ、という程度の記憶であります。池田弥三郎さんの『百人一首故事物語』(河出文庫)でありまして、軽妙洒脱な文章は、近代国文学者のなかでは随一と言いますか、むしろエッセイストと言ってよいのでありましょう。学者臭さがなくて、溢れるユーモアが教養の深さを感じさせるなどと言ったら、他のひとに嫌みを言っていることになりますが、そうではなくて純粋に感服しているだけであります。昭和59年(1984)12月4日発売だったんですが、実は池田弥三郎さんは昭和57年になくなっておりますので、没後に文庫化したということになります。
折口信夫さんのお弟子さんであります。
冒頭のところに執筆の動機などが書いてありまして、そこには池田弥三郎さんが参照した研究書が載っているんでありますね。島津忠夫さんの『百人一首』を大変高く評価しているんですが、もう一冊、久保田正文さんの『百人一首の世界』が挙げてあります。こちらも本棚の隅にありましたが、書名を見て、今回はまったく参照せずにいたのですが、開いてみてびっくりしたのですが、しっかりとした研究書でありました。国文学の方ではないために、私は無視していたわけで、つまらないことをしたものです。文藝春秋社から、昭和40年(1965)11月15日に出たものでありまして、非常に鋭い内容です。この久保田正文さんの清原深養父の歌の解説を見たら、香川景樹が通説とは違う事を指摘しているとありまして、それだけの指摘なんですが、それではと『百首異見』を見てみたら、びっくりいたしました。香川景樹は、ちゃんと詞書きと連動させまして、私がしたような解釈を江戸時代に提示しているのであります。うれしいやら、ほっとするやら、要するに、夜はまだ明けていないし、月は空にあるのでありますよ。最近の注釈書を見たら、叙情的な紹介に力を入れていて、そうした異説というか、ちゃんとしたものを無視して、通説に乗っかって商売に身を入れたようです。
2011年にこんなことをだらだら書いていたのであります。
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