33 散る花に のどかに差すや 日の光 久方ぶりに 心静かに
(通釈)暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。冬も遠く去ってこの陽光をごらんなさい、なんとまあ暖かく明るいことよ。その陽光が久しぶりにおっとりと、散りゆく桜の花にのんびりと差していて、生きていた甲斐があるというものだ。
(語釈)〇差すや……「や」は詠嘆の終助詞。二句切れ倒置法となる。〇久方ぶり……ひさしぶり、の意。
(本歌)久方の 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ
(『古今集』巻第二・春下 84番 紀友則「さくらの花のちるをよめる)
だいたい三分の一まで来てしまいまして、何だかこのまま最後まで行き着きそうでありますが、もう一度立ち位置と言いますか、コンセプトを確認する必要がありますね。もちろん、途中で狙いが変わるのも構わないんでありますが、誤解が生じてもいけませんので、了解事項は必要でありましょう。事の発端というのは、2011年東日本大震災に見舞われた後の桜の季節のことでありまして、ブログのタイトルにちょうどいい俳句を探していたわけです。松尾芭蕉の俳句がありましたので、それを使ったのですが、それが見るからに『百人一首』の歌をベースにしたものであります。これは面白いと言うことで、まねをして『百人一首』の和歌を俳句にしてみようと思いましたら、一句二句これが案外やすやすとできるものなのです。それから図に乗りまして、次から次『百人一首』の歌を引っ張り出し、分からない和歌特有の言葉を切り捨てましたり、馴染みのない歌語を言い換えましたり、下らない駄洒落にしたりしたのです。こうすることが、遠い昔の名歌を自分だけがもらい受けたプレゼントのように錯覚させまして、面白くなりました。さらに調子に乗って、あれこれふざけてもとの歌を揺さぶってみると、実り豊かと言いますか、いろんな果実がどどんと落ちてくるようでありました。そして、ぐいぐいと足りない頭に滲みこむようにもとの名歌への理解が進むような気がしたのでありました。
もちろん錯覚なんですが、ともかく親近感が増しました。
世間でよくあるように、お勉強として『百人一首』を眺めましたら、注釈書の類というのはケチの付けようがないわけです。知らないことが見事に解説されていまして、優雅な古典というものは難解なのだと思うものであります。ところが、俳句にしようとひねり回してから、ありがたいお説を拝見しますと、これがちっともありがたくないんですね。注釈書には、分からないとか、謎ですとか、判断に迷いますとか、そういうような本音はほとんどありませんから、こちらが本音を出して「わからんぞ」と言いながら答えを求めますと、不備が目に付くわけであります。分からないのでこっそり無視したのかとうすうす思ったわけです。あまっさえ、古典常識にはそぐわない見解やら、ごく普通の世間の大人にはごまかしようのない常識のない見解まで見付かりまして、大笑い。どうやら、毎回手柄を上げて、意気揚々、毎日が楽しくなりました。そしてついに、昔大学の授業で割り当てられて苦しみました「心あてに」の歌では、従来のもやもやを解消して、誤りを正せそうなところに到達してしまいました。昔読んだときには意味不明だった正岡子規大先生の『歌よみに与ふる書』の内容に、いい所まで肉薄できた気がいたしました。すこぶる気分よく、正岡子規先生の怪気炎に賛同している所なのです。小生も大いに賛同つかまつること之有り候ふ。ただし、正岡子規先生のお怒りは、少々的外れ。
それにしても、もとの『百人一首』の「ひさかたの」の歌は紀友則の歌であって、紀貫之の歌ではないのであります。そりゃそうだ、二首後に紀貫之の有名な歌が控えているわけですが、何だかいつの間にか作者名がごちゃごちゃでありまして、だけど『アタック25』などで、作者名を聞いたら、大概の人は間違えて覚えているかも知れませんね。この人は、紀貫之の従兄弟らしいのですが、ちょうど『古今集』を完成した頃に亡くなったらしくて、それは『新古今集』における藤原定家にとっての寂連のような感じでありますね。兄貴分がなくなるというのは、なんとなく感慨深いものがあります。
紀友則の歌は誰しもが学校教育などでよくなじんだ歌ですから、分かっている気にはなるんですが、やはり「らむ」と言う助動詞が、納得いかないものでありますね。一般には原因推究の助動詞だなんて説明して「どうして~だろう」と訳しなさいと言うものですが、こういう便宜的な解釈というものは、ある意味滑稽な決めつけでありますから、真に受けてはいけないものでありますね。解釈の出所も含めて、眉につばをしこたま付けて疑ってみるのもよいのでありましょう。
久方の 光のどけき 春の日に 静心なく ヨウ素散るらむ(粗忽)
何も問題がないと思ったら、やっぱり「らむ」は問題でありまして、「どうして~だろう」という原因推究の訳を否定する向きもあるんであります。その場合は「静心がないから、花は散るのだろう」というふうに訳すようですが、そういうものに与しようと思って疑問を呈したのではありません。助動詞に対して、不用意に言葉を補って訳すことを警戒するまでで、「静心なく」を「静心がないから」「静心がないので」と訳してしまうことにも、私は抵抗感があるんであります。もし、原因推究としてどうしても取りたいなら、「春の日に」の「に」という格助詞を接続助詞のように取ればいいわけです。名詞に付いたって、接続助詞のように機能する場合はいくらでもあるはずです。そう言う見方を注釈書がしない点から見ると、和歌の解釈をされる方は、合理的な発想というものを持たないものなのでしょうね。「春の日だから、花が散るのだろう」でよいじゃあありませんか。
またひとつ、手柄を上げました。名詞に付いても、「に」は接続助詞になるはずです。たぶん。
いま、『日本国語大辞典』第二版(小学館・2001年6月20日)を見ていましたら、ちょっとどきどきいたしました。夕飯にビールを飲んでしまいましたので、そのためにどきどきしたのかも知れませんが、とんでもないことが書いてあるんですね。有名な『日葡辞書』には、「静心」関連の見出しがないのだそうですよ。どういうこと? この辞書は、近世初頭の1603年から1604年にかけて編纂されたんですが、その段階で「静心なし」などという言葉は、ポルトガルから来た宣教師の見たところ聞いたところ、日本語のどこにも見当たらなかった、耳に入らなかったというのであります。そうだよね。よーく考えてみようか。現代語にもそんな言葉は影もかたちもないわけで、粗忽者の私を「静心がないぞ」なんて叱った方はいませんでした。あるいは、誰かの陰口をするとして、あの人「静心なしだよね」などと言わないのであります。だとしたら、この「静心なし」という形容詞は、ひとつには日本語の歴史の中で消滅したのかもしれないのであります。そしてまた、微妙な共同意識によって、消去された可能性もあり、さらに非常にやばい話ではありますが、ある種の共同謀議によってよるねつ造された言葉の可能性が出て来るのであります。
『日本辞書事典』(おうふう・1996年5月25日)という本が書棚にあります。高い本であります。こんなものを買うのであれば、お金は旅行にでも使うのがいいのであります。買って初めて開いてみたんですね。持っている方は分かるでしょうが、外箱に妙な遊びがあるんでありまして、関係者は何を狙ったんでありましょう。不思議なことがあるものですね。外箱を裏返すと、写真と同じ体裁ですが、文字が反転しているんであります。ともかく、これを使って『日葡辞書』を調べてみました。
言葉というものは、そうそう変化いたしません。一年で、0・03%位変化するとされているはず。
今は学校で習うのかも知れませんが、昔はそういうことは習わなかったはずです。インド・ヨーロッパ語という共通祖語を持つ言語がありまして、その代表は英語やドイツ語でありました。これらは、千年で30%位変化すると証明されているんですね。これを、日本語と沖縄方言に当てはめると、だいたい20%違いまして、どうやら分離したのが700年くらい前と推定されるんです。ちょうど琉球王朝が出来た頃に重なるというわけで、他の言語もインド・ヨーロッパ語と事情は同じらしいのです。だから、なくなる言葉があってもいいんですが、「静心なし」のような見るからに意味の分かる言葉が消滅するのは、おかしいですよね。今でも字面を見れば分かるのに、日常語でも文章語でも使わないというのは、絶対おかしいわけであります。
『日葡辞書』の収録語数は、3万2293語。これは、編纂当時の日本語をほぼ網羅したと考えてよいわけです。今ある普通の国語辞典と比べても立派な収録語数に達していると見なせます。
つまり、「静心なし」という言葉は、400年前には存在しなかったわけで、このことはよくよく考えておく必要がありますよね。もう一度、『日本国語大辞典』に話を戻すと、もちろんこの日本最大の日本語の辞書には、「静心なし」の項目があるわけで、その「補注」というところに、『日葡辞書』には存在しないと言うことが指摘されているのであります。じゃあ、現代の辞書にはあるじゃないか、という方もいるでしょう。しかし、権威ある辞書にわざわざ400年前にはないと書き込んである意味を考えて見るべきでしょう。ともかく、まず『日本国語大辞典』がどれくらい大きくて、そして水準が高いか、まあ自分の目で確かめてみたらいいんですね。図書館ならどこでもあるし、大きな書店にもありますから、まず全体の大きさを確認し、それから自分で知っている単語を引いてみればいいわけです。現代日本語の最高峰です。ただし、他の辞書の記述をちゃっかり盗んだ嫌疑もあって、限界ももちろんあるわけです。
さて、じゃあ『日葡辞書』には、本当に「しづこころなし」はないのか、というと、これがあるんであります。「しづこころなし」がなくて、「しづこころなし」があると言っているわけで、このままだとわけが分かりませんよね。混乱させてごめんなさい。ちゃんと言うと、「静心なし」はないのですが、「賤心なし」なら『日葡辞書』に載っているんです。
「Xizzu cocoro(シヅ ココロ)ナク 〈訳〉気高く、いやしくなく、下品でなく」(『日葡辞書』)
びっくりしましたね。この「Xizzu」には「賤」を当てるのであります。地名の「賤ケ岳(しずがたけ)」の時に出て来る文字でありまして、「下賤」とか「卑賤」とか言うような熟語に出て来る、「いやしい」の漢字表記の「賤」であります。よって、「賤心」というのは、いわゆる差別語でありまして、それを「賤心なし」と打ち消して使うものですから、「気高い」とか「いやしくない」とか「下品でない」とか、そういう意味なのであります。だったら、紀友則の歌もこれでいいではないですか。もちろん、「静心なし」の用例を全部否定しないと、「賤心なし」を前面に押し出すことは無理でしょうけれども、少なくとも『百人一首』の第33番歌については、成立してしまいますよね。これは、たぶん誰も言っていませんから、本邦初の意見でありまして、いいんですかね、私如きがそんなことを言い出したと言うことで、構わないんでしょうか。
久方の 光のどけき 春の日に 賤心なく 花の散るらむ(『百人一首』第33番・紀友則)
これなら、「らむ」の問題も解けそうであります。「太陽の光がのどかな春の一日だから、上品に花が散っているのだろう」となりまして、風雨にせかされて慌ただしく、落ち着きなく、下品に散ることの多い桜が、今日このよき日、うららかな日差しの中で、ひらりひらり、ゆっくりゆっくり、優雅に散り落ちる様をよんだのでありますね。桜の散る様子が従来の「静心なく」と正反対になりまして、とんでもない解釈が飛び出しました。ほかの「静心なし」の用例はともかく。この紀友則の歌に関しては、断然『日葡辞書』にある「賤心なく」がいいのではないでしょうか。すごいなあ、大手柄。辞書をちゃんと見たことが手柄につながりました。和歌を専門とする方は、『日本国語大辞典』を見ていないことが多いですね。仲が悪いんでしょうね。国文学と国語学、まったく業界が違いますものね。やむを得ません。
しかしなあ、これは私がありもしない辞書を空想したり、記述をねつ造したりしているわけではないので、ほんまかいなと首をひねるばかりでありますね。ある意味身分差別とつながる「賤心なし」という単語を、ないものにしたいという力がどこかで働いたと、私は推測しています。
コメント
コメントを投稿