もぢり百人一首(24) アップデート版
24 この度は とりあへず芽吹く 手向山 庭の錦も 神のまにまに
(通釈)秋の紅葉の時期はいざ知らず、春を迎えた今回は、何の予兆もなく芽吹いて見せる(カエデの一種の)タムケヤマ、この春の庭の素敵な錦も、秋と同様に神意に叶うように幣として手向けさせていただきます。
(語釈)○とりあへず……何はさておき。「取るものも取りあへず」の略。「とりあえずビールね」というのは、集団でお店に入った時の常套句で、思い思いのお酒の注文は後ですることにして、乾杯のためのビールを何はさておき頼んで見る時の言葉。よくあるジョークでは、ビールのネーミングを「とりあえずビール」とすると売れるビールの銘柄になるんじゃないかという、ビール会社の販売合戦を前提とした物言いがある。ビールを冷やすようになったのは冷蔵庫が普及してからだが、お店によっては冷やし過ぎて、味も香りもまったくしない状態で飲むはめになる。エアコンが普及して店内が冷えているなら、ビールは氷点下まで冷やさない方がいいはずである。千原兄弟の兄が、自動販売機などで常温の水を販売してほしいと主張したことがあるが、まさにその通り。○手向山……紅葉のタムケヤマ。カエデ科カエデ属の落葉樹。ヤマモミジの園芸品種で別名は紅枝垂れまたは羽衣。葉は羽根状に深く裂け、木綿でできた幣などに似る。春の新芽は紅色をしており、開き切ると紫色に変じる。夏に緑色に近付くが、落葉する頃にはオレンジ色となる。植物名の手向山に、動詞の「手向け」を掛ける。○神のまにまに……神意のままに。下に「手向け」を補うとわかりやすい。
(本歌)このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
(『古今集』巻第9・羇旅歌・420番 菅家
「朱雀院の、奈良におはしましたりける時に、手向山にて、よみける)
近代の注釈は、この菅原道真の歌を二句切れとする。その結果、なぜ「幣を用意できなかったのか」という点にこだわったりする。さらに、「神のまにまに」のあとに「お受けください」を補うとするのが一般的である。果たしてそうなのか。不思議に思うのは、「手向山」に「手向け」という動詞が掛けてあるという、最も基本的なことが抜け落ちているのではないか。古注釈は掛詞として処理してあるように見受けられる。そして、この歌は三句切れと見るほうが自然で、「幣もとりあえず手向け」と理解するほうが分かりやすいのではないか。よって、この歌は倒置法の歌で、解釈するなら三句目を二度使うことになる。念のため訳してみると、「手向山では、この美しい紅葉の錦を、神の御意志に従って、今回は幣として何はさておき手向けます」となって、別に余計な補いなど必要のない歌となる。「紅葉の錦」を「幣」として「手向山」で「手向け」るという歌ではないかと思うのだが、そういう解釈は皆無に近い。パロディは、我が家の庭の手向山を詠んだだけのことである。
菅家、すなわち菅原道真の歌に対する諸注釈の混迷ぶりがすごいのでありますけれども、どうやらこの歌が詠まれた時の朱雀院の御幸のルートを江戸時代の国学者が考証した結果、この「手向山」は固有名詞ではなく普通名詞であるというような説が強固に主張されたようです。『古今集』の詞書を無視するという暴挙は、江戸時代の鼻息の荒い国学者ゆえの勇み足でございましょね。絶対固有名詞ですよ。さらに、これまでの注釈書では二句切れは絶対で、その結果幣を持ってこなかったとするのであります。さらにさらに、「神のまにまに」を受ける動詞がありませんので、「お受けください」というような(ある意味でたらめな、恣意的な、神をも恐れぬ)補いをするんでありますが、これはおかしい。「まにまに」は、「他者の意志に従って」こちらが何かするという使い方をするわけで、要するにでたらめな解釈が横行していたようなのであります。神意に従って「こちらが何かする」という表現を補う必要があるわけで、神様に「お受けください」というお願いが来るはずがないのであります。だったら、「とりあへず」の「ず」を連用形とみなし、下の句を倒置法とみなして「まにまに」を受ける言葉として掛詞の「手向け」を補えば、万事解決であります。「ここ手向山では、紅葉の錦を幣に見立てて、神のまにまにこの度は取りあへず、幣も手向けたるぞ」というのが、私の解釈であります。
きっと、この私は何かとんでもない誤解をして、その結果、この歌が倒置法に見えちゃったんであります。念のため言っておきますが、若い児童・生徒・学生さんなどが学校の宿題とかレポートにこれを引き写すと、たぶん大幅減点、もしくは0点でありますから、コピペするのは止めた方がいいと思います。理研にいて「何とか細胞がある!」と叫んだ割烹着のあの人みたいに、思いっきり叱られますよ。例えが古くてごめんなさい。
菅原道真が「手向け」と掛詞にしたくて「手向山」を選んだんだから、「手向山」は知る人ぞ知る固有名詞のはず。『枕草子』第十三段の「山は」で始まる段に出て来るんですが、江戸時代の人はどうしたんでしょうか?
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