もぢり百人一首(22) アップデート版
22 教へたらば あらしと読まむ 山風を 嘘吹くからに 我もしをるる
(通釈)山風を、「嵐」と書いて「あらし」と読みますよと、そう強引に教えたなら、そりゃあ誰だって、「嵐」を「あらし」と読むでしょう。よって、ひねくれ者の私も右習えして「嵐」を「あらし」と読みましょう。しかしながら、「嵐」という中国の漢字は、山の清らかな風や靄(もや)のことでありまして、それを「あらし」と結びつけるのは嘘も嘘、全くの嘘っぱちであります。そうやってほらを吹く故に、私なんかはもはやぐったり気力も失せるというものなのです。
(語釈)○あらし……強く吹き荒れる山風。あるいは雨や雪を伴う暴風雨のこと。転じて家庭や社会、世界が戦争などで混乱状態になること。○やまかぜ……山から吹き下ろす風のこと。「おろし」または「やまおろし」という。「赤城おろし」「伊吹おろし」「比良おろし」など、各地で山と結びついた言葉がある。おろしの漢字は「颪」であるが、これは国字で、中国で使われた文字ではない。
(本歌)吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしと言ふらむ
(『古今集』巻第5・秋歌下・249番 文屋康秀
「是貞親王家の歌合の歌」)
文屋康秀の本歌は、非常に分かりやすい歌のようであるが、実は解釈に大きな問題がある。この歌は「嵐」という漢字を、「山風」と分解する言語遊戯がメインなのか、それともそうではないのか、古注釈では対立しているのである。山風が吹いて草木が枯れるので、それを「あらし」という時の「あらし」は、おそらく「荒らす」の連用形から派生した名詞の「荒らし」であろう。別にここに、漢字を分解する、中国の「離合詩」のような発想を認める必要はない、というのが昔から主張されてきたものである。これに対して、『古今集』337番の紀友則の歌などと類似の、漢字を分解した遊びであるとする説が根強い。
雪降れば木毎に花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきて折らまし
この場合は「梅」を「木」と「毎」に分けて遊んでいるが、その場合、歌の解釈には漢字の遊びの部分は関わってこない点に注意がいるだろう。なお、漢和辞典を引けばわかることだが、中国語の「嵐」という漢字には、「強く吹き荒れる山風」などという意味はなく、「山の清らかな風」とか「もや」という意味しかない。また、山風を言う言葉は「あらし」ではなく「おろし」であり、果たして作者の文屋康秀や、この歌を選んだ『古今集』撰者などに、「山風を嵐と言ふ」という認識があったかどうか、怪しいところがあるだろう。草木が冬に向けて枯れる原因を、山からの季節の風と考え、吹き荒れる「荒らし」と考えるほうがいいかもしれない。また、従来の説には全くないが、「あらし」に「あらじ」を掛けるのは古い歌に見られる修辞法であるが、それなら「草木があらじ」と解することも可能である。「どうして、秋に吹く山風を『荒らし』と呼ぶのだろうか。そうか、山風が吹くや否や、秋の草木が枯れるので、「草木がどこにも『あらじ』」というわけだから、なるほど山風を「あらし」と呼ぶのだろう」となる。
書いていて自分でもよく分からなくなるのでありますが、従来にない新説を思いっきり主張しているようにも感じられます。大手柄?
ほんとに、いろいろと問題がある歌であります。文屋康秀の歌なのかどうか疑われているところがありまして、息子の朝康の歌かもしれないなどと言うのであります。文屋康秀は、六歌仙の一人でありまして、『古今集』の仮名序では、「文屋康秀は言葉巧みにて、そのさま身におはず。いはば商人のよき衣着たらむがごとし。」と言うのでありますが、はっきり言って誹謗中傷の言葉でしかありません。そんなことなら紹介しない方がましであります。紀貫之という人は一体全体何を考えていたんだか、けなすくらいなら紹介しなければいいわけで、しょうもないという気がするのであります。これを紀淑望が書いた真名序で見てみると、「文琳、巧詠物。然其体近俗。如賈人之着鮮衣。」とありまして、こっちの方が意味が分かりやすかったりいたします。
また、文屋康秀に関しては、小野小町をいっしょに地方へ下らないかと誘ったエピソードが有名でありますけれども、大して歌は残っていないのであります。「山風」だから「嵐」という漢字が出て来ると言われると、もう我々は抵抗のしようがないのでありますけれども、本来の漢字にはそんな意味がないのでありまして、いつどこでどういうふうに誤解が広まって、暴風雨を「嵐」という漢字で認識したのか、これはもう謎であります。
こうやって書いていると、大野智さん、櫻井翔さん、相葉雅紀さん、二宮和成さん、松本潤さんの五人をメンバーとした、あの「嵐」の話題だと思ってここに来てしまう人が出て、アクセスが上昇してしまうかも知れないではないですか。もしかして、アイドルグループの「嵐」というネーミングを、中国の人は「さわやか」と思っているのかも。
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