金銭のトラブルとか、業者との揉め事とか、の思い出
大した人生を歩んでいるわけではないのでありますけれども、過去を振り返ると結構なトラブルに見舞われ、それを今から考えると強引に解決し、片を付けて来たというようなことが、意外とたくさんあるわけです。もう本当に過去のことなので忘れていたのに、世間で起きた事件によって、ああ自分にもこんなことが、あんなことがあった、というように思い出すわけで、思い出してみると何だか壮絶な体験をしたような気がするのであります。金額的には大したことがないなあと思いたいのでありますが、若い時にはそれでも大金だったりするわけで、よくまあ強気で対処したなと感じるわけです。
パーティの最中にレストラン側の人がいない事件
結婚をした時に事情があって小さな披露宴を催しました。人を絞り込んで、3分の1とか、4分の1とか、そういう規模になったわけです。でもって、参加を見送ってもらった親戚筋からその後冷遇されたりしたのでありますが、それと同時に友人知人も呼ばなかったので、新婦から友人を集めてパーティしたいという希望があって、一周年の記念パーティを営むことにいたしました。実は、学生結婚をしていて、大学に行けば友人知人に囲まれていたわけで、自分は乗り気ではなかったと思うのですが、それなりに若くてお調子者でしたから、やろうやろうとなったのであります。大学から遠くないレストランで食事をして、ここでいいかもという街路樹を見下ろすマンションの二階のレストランの宴会場を押さえて、招待は直接声をかけてつのり、50人くらいにはなったのであります。当日会費を1人3000円くらい集めたはずですが、そのあたりの記憶が抜け落ちているのであります。さて、宴会を始めると、食事は会場の片隅にあるんですが、給仕する人がいないのであります。しょうがないから、セルフサービスをお願いして、厨房から飲み物を持ってきて各自好き勝手にしてもらったのでありますが、いくらバイキング形式だとしても、人っ子一人いないというのは不気味でありました。ただ、みんな若いし、司会なしでもスピーチは続くし、つつがなく予定時間に終了して、宴会場からレストランのレジへ行くとそこにはいつのまにか店の人がいて、はい支払ね、領収書頂戴ということになったのであります。が、どういうことと尋ねたのはもちろんです。ここも、記憶が曖昧ですが、給仕の人が一人もいないどころか、レストランがもぬけの殻だった点について問い質して、支払いを留めたかもしれません。
レストラン側に何があったのだろう?
後日、レストラン側と話し合いを持ったのでありますが、場所は駅前の喫茶店を指定して、新婦が出向きました。つまり、おいらだとケンカ腰になるだろうし、それは避けようと判断しました。出てきたのは、レストランを営業している建設会社で、当時はそれなりの規模だったと思うのですが、今調べたら現在も存続する非上場ながらそれなりの大きな会社だとわかりました。インターネットは便利なものであります。結局、代金は支払うことにしたのですが、交渉の過程で「食ったものを吐いてでも返せ」と言ったらしくて、その時も感じましたが、それってこちらが「吐いて返そうか」というのが正しいような気がいたします。ともかく、一人当たり3000円相当の「お花券」というのをくれるということになって、誠意は見せてくれたのであります。レストランの下で営んでいた花屋も建設会社の系列だったようで、花屋の数店舗で使えるという代物でありました。後日、参加者にレストランの詫び状と「お花券」が届いて、みんな驚いたようであります。まるで、最初から参加費を返還する予定のような結果になったのであります。
推測すると、こんなことかもしれない。
実は、当日、パーティ終了後、支払いをする段になって、貸し切り状態のレストランに次の集団が来ていたのであります。レストランの客席に座ったり立ったりしていたんですが、その人たちの表情が不安げでありました。なぜなら、パーティ会場は奥に一つ、そこは我々の食い散らした跡であります。それに、用意された食事は、若者たちが腹いっぱい食べても尽きないくらいで、ビールやジュースを好きなだけ飲んで、料理もいくらでもある状態で、3000円は少し安すぎたのです。あれって、もしかして宴会二つ分の食事だったのかもしれないし、レストランは二つの宴会の区別が付いていなかったか、お給仕するウエイターやウエイトレスの手配時間を間違えていたのかもしれないのです。こうなると、後から来た集団はお金を払うはずはなく、我々にお金を払ってもらって少しでも回収しないとにっちもさっちも行かない状況だった可能性があります。売れ残っている「お花券」を引っ張り出して、なんとか埋め合わせてみただけかも。
詳しく書いていたら、やたら長くなってしまった。
コメント
コメントを投稿