少子化問題を考える、というか、からかう。
別にどうでもいいや、と思う社会問題というのは、昔からたくさんありました。新聞やテレビで報道されているために耳にはするものの、自分と関係ないと感じたり、問題そのものが飲み込めなかったり、鬱陶しいと感じたりするわけです。かつては、公害問題とか、学園闘争とか、受験競争とか、そういうものは、分からないわけではないけれども、ピンとこない、あるいは、どうしようもない物という認識だったのであります。同じように、近ごろの「少子化問題」というのを、ぼんやりとした私の頭はなかなか受け付けずにいたのであります。けれども、この「少子化問題」、政治的には重要課題のように取り上げられていて、時の首相が「異次元の対策」をするとまで言ったようです。言った割には、別に世間を驚かす「異次元」の方策があったという話がないので、調子よく言っただけで、何も考えていなかったと見て間違いないでしょう。 「少子化問題」というのが、本当に政治政策の対象として妥当なのかどうか、というような疑問さえ浮かぶんですが、この問題の本質をちゃんと指摘した意見を耳にしたことがありません。不思議なことですね。ただ、こちらも興味が湧かないので、世間にちゃんと議論があるのに、それを知らないだけかもしれません。ただ、ちゃんと議論がなされて結論がまっとうなら、私の耳にだって届くはずではないかと思うわけです。 子供が生まれないと何が問題なのかと言う点については、いくつか耳にするものがあって、集約するとこんなことでしょうか。 1 地方の自治体が人口減によって消滅したり、消滅しないまでも自治体としての機能を果たせなくなる。 2 年金の担い手になる労働人口が減ることによって、老人の年金を支えることができなくなる。 この30年の間に日本は豊かではなくなり、給料は増えず、国力に陰りが出ているけれども、迫りくる人口減によって、悲惨な未来が見えて来る、というのがよく耳にする筋書きでありまして、なるほどそうかもしれないと思います。裏返せば、ベビーブームによって子供が増えた時には、経済は活性化したし、世の中は明るかったので、あの夢をもう一度味わいたいという本音が見え隠れするわけです。高度経済成長と、人口増というのが、本当に因果関係があるならいいんですけれども、単に相関関係にあっただけかもしれないとは、世間は疑わないようであります。人口が多くても、貧し...