自分の人生を振り返って失敗したと思った瞬間ベスト3 その3
近頃YouTubeを見ていて発見があったのは、1990年くらいのバブル崩壊の萌芽は、実は1970年くらいにあるということでした。自分の人生を振り返ってみても、あの1980年代の世の中の浮かれぶりと言うのは、実は1965年頃には始まっていたわけで、その遠因はおそらく敗戦もしくは無茶な戦争にあったのは間違いないのであります。さらに、ちょっと検索を掛けて調べてみたら、土地の投機の問題と言うのは、江戸時代の幕府の政策から、明治政府以降の政策の齟齬から来ているらしいということが、専門的な論文によって詳細に言及されているのを読んで、膝を叩きました。 農地解放で庄屋が土地を失ったというような話はよく耳にした。 たとえば、最寄駅から列車を降りて、庄屋の子孫が実家へ向かうと、実家までの一里か二里の範囲が全部我が家の土地だったなんてことを、子供の頃には読んだり耳にしたりしたものであります。庄屋さんはどうしてそんなに広大な土地を持っているのかなんてことは、子供心には思わないわけで、広大な土地をもっているから庄屋なのだというような理解で終わりであります。どうやら、江戸時代には売り買いできるような土地なんてなかったみたいで、それがいつの間にか、どこもかしこも誰かの土地になったという点に問題があるようです。田舎の土地持ちは、近代においては不在地主となって東京に出て都市文化に染まっていたわけで、順調に生活していれば現代の資本家なのであります。土地を巡る問題は根深いようで、そんなことには無頓着に生きて来たので、さっぱりわからない分野であります。それでも、戦後のニュータウンの土地は、本来誰のものだったのでありましょう。 ニュータウンの団地に暮らしていた頃の失敗を思い出しました。 広大な開発地が元来誰の持ち物かなんてことを考えることもなく、日本有数の規模の団地に数年暮らしたことがあります。丘陵地帯でありまして、その中腹の五階建ての鉄筋コンクリートの建物の四階に住んだのであります。3DKという触れ込みでしたが、玄関わきの四畳半とされた部屋は机でいっぱいで、布団を敷いて寝ることができないような狭さでした。たぶん、畳一枚が75㎝×150㎝くらいだったはずで、六畳間二つを並べたところが、田舎の八畳間より狭かったかもしれません。ともかく、子供が幼稚園から小学校へすすむくらいの時期には、何かと暮らしやす...