危ない宗教に勧誘されるとか、人を銃撃するとか、の思い出話。
近頃漠然と思っていることがあって、そのことを少し書いてみたいと思うのであります。日本はすでに人口減少しつつ有って、1億2千万人くらいの人口でありますが、おそらく近未来には半減するようだという予測も立てられています。だから、大変だ大変だ、というのはネットなんかでも経済関係の方は盛んに言うのであります。記憶をたどると子供のころに日本の人口が1億人を突破した日がありまして、それから3千万人も増えていたのであります。 産めよ増やせよ、というスローガンが効いたのかどうか。 第二次大戦の前くらいから、一年間の出生数が多くなりまして、いわゆる団塊の世代のあたり、戦後すぐの頃には一学年の人数が300万人に達しようかという状況になったのであります。現在は一年間の出生数や一学年の人数は100万人を切るような状況でありますから、ちょっと想像できないくらい生まれていた時期があるということです。人が100歳まで全員生きてしまったら、年間300万人生まれると、人口は3億人になるわけでありまして、日本という国家は現在の国域で年間たくさん生まれると、状況によっては3億人がひしめくこともありうるということになるわけであります。現在は一学年が100万人を切るような状況ですから、全員が100歳の寿命を誇っても1億人には足りないわけで、当然平均寿命が70歳から80歳くらいに収まれば、総人口は5千万か6千万くらいで頭打ちのはずであります。それが、けしからんと思う人がいるらしいので、驚くわけであります。 日本をひとまとめにして、誇ったり悲観したりって、はてな。 人口が1億人の国家というのは、けっこう大きいわけで、これを束ねてゆくというのは大変でありましょう。その国内で起きることを、ニュースで知ってハラハラドキドキするというのは、どうも愚かなのではないかと近ごろ思うようになりました。凶悪な殺人事件、大災害、大事故、不倫不正、というようなものをいちいち身近に感じていたら、はっきり言っておかしいのではないかと思うのです。余計なことを言うと、一日歩いて移動できる範囲で起きたことくらいを身の回りの出来事としてカウントするなら、一年間に驚くようなことは数回で済むわけであります。ましてや、今住んでいるところから見える範囲なら、生涯に驚くような出来事は指折り数えるくらいしか起きないわけで、それでも人生は充分...