呼びかけられた節電をして熱中症になるのは自己責任
六月中に梅雨が明けるという衝撃の展開の中ではありますが、ふと思い返すと、五月は雨ばかりだったわけで、実は五月には梅雨入りしていたのかと疑うわけです。例年の梅雨前線の動きを考えて、梅雨明けと発表したのだろうなと推測するものの、もし梅雨空に戻ったら何と言い訳するのか楽しみでもあります。急激に暑くなったので、電力需要のひっ迫が懸念されるからというのでありましょうけれど、節電を呼び掛けております。しかしなあ、一般の人に節電してねというのは、何だかひどく間抜けな感じがするのであります。コロナ対策でみんなマスクを付けたり手指の消毒に協力したので、節電しろと言えばするだろうというのは分かりますが、やっぱり原子力発電に堂々と戻したいという思惑が見えているのであります。 田舎の道を走るとソーラーパネルの多いこと多いこと。 むかしむかし、オイルショックという事件がありまして、石油が入って来なくなるよという事態になった時には、テレビの放送時間をかなり削って対処したのであります。昼間テレビを点けても映らないという時期があったのです。いつの間にかそんなことは忘れられて、夜中も昼間も延々と放送しておりますが、5割くらいはCMでありまして、3万円の物を今なら3千円などと言い続けていて面白いのであります。オイルショックの時には、専業主婦がトイレットペーパーの買いだめに走りまして、お店からトイレットペーパーが姿を消しました。なぜ石油が無くなると、便所の紙が無くなるのか、あれから50年、まともな説明を聞いたことがありません。きっと私は「ボーッと生きてきた」のでありましょう。 ねえねえ岡村、石油が無くなりそうだと便所紙を買うのはなぜ? だから、節電しろというなら、テレビ放送を控えさせればいいのでありますけれども、もはや政治家や政党や政府は、テレビ局やテレビでCMを流す企業のことを考えたらテレビ放送をしないという判断はできないのでありましょう。節電を呼びかけるために「テレビを消せ」とは言いにくい状況があることが何となく想像できます。もちろん憶測でありますから、本当にそうかどうかは分かりません。地球のために買い物のレジ袋を有料化しましたけれども、そんなことで本当によかったのかというと、どうもあまりよくない上っ面のやり方だったようであります。世間の空気を見ると、馬鹿みたいな政策だったと分かる...